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【第6章】ボクシングを習いに行こう

目次

21)ボクシングを習いに行こう

2年生の時に一つ手前の駅に九州産業大学開校した~大学ならボクシング部があるかもと~途中下車して大学生に尋ねると~あるよ言われたのでじゃ行ってみよう~

義父に殴られてばかりで~これ以上~人に殴られたくないとの思いがあったのかな~?

校内に大きな体育館があった、他のクラブの部員達も練習をしている<キョロキョロすると>見つけたサンドバックとパンチングボールだ~8人が練習をしていた、足が向いて行く~

キャプテンらしき人を見つけ~ペコリと頭を下げて言った<新宮駅の専門学校に通っています>ボクシングを教えてもらいたいんですが~お願いします~

<キャプテンはイイよと言ってくれた>明日から来ます~宜しくお願いします~やった~これで少しは強くなれるかも~

今日から練習だ~

数キロのロードワークは走っては止まり3分間ファイティングポーズをとりジャブ・フック・ストレートパンチを繰り出す、これを繰り返し最後は体育館へ走って戻る

キャプテンは西日本学生チャンピオンだった<流石にスタミナも力もある>他の部員は汗だくでクタクタ・キャプテンについて行けない~ところがついて行けたのは・僕だけだった~

パンチを繰り出すときはスピードがなによりも武器になる~スピードを身につけるには・速くパンチを出すことよりも<速く引く>ことだと教わる~

二月ほどが過ぎた~練習用のグローブとヘッドギアをつけて実戦形式でスパーリングをやることになった・初めての3分はすごく長かった~緊張は余り感じなかったが全力を出し切った戦いなので終れば・双方ともぐったっり~喉もカラカラになっている~ところが一分の休憩で体力を取り戻せるこれがロードワークの成果のようだ

三度スパーリングをやったが~練習生の中では僕が一番強かった~これは家業手伝いの時にボンゴシハンマーで大きな鋳物叩き割る作業とかいろいろやって基礎体力ができてたのかも~

そんなこともあってかキャプテンが特待生に推薦するからうちの学校に来いとは言ってくれたが<僕には精神的な余裕がない>家から外に出れば元気だったが~家の中では萎縮して口を開くこともなかった<早く家を出たい

6ヶ月で練習に行けなくなった<それでも体力や気持ちに自信が持てる様になったようだ>大阪に来てからも二か所のジムに汗を流しに通った~この体験は自分擁護自信に繋がったみたい<ありがたい>

あ~あ~モッタイナイ

この日は:仕事の手伝いだった~大量の古物金属品が運ばれてきた~柳川の武家屋敷の整理品らしい~中には江戸時代の銅鏡が200枚以上天保通宝や寛永通宝等の古銭が50kg以上~他に武具や珍しい骨董品色々とあった~

銅鏡があったので、終わって部屋に持ち込みピカピカに磨いた』顔を映してみると~意外にキレイに映っている~江戸時代の人達はこの銅鏡を見ながらほくそ笑んでいたんだ~

これは古物や古銭商に売却すればもっと高く売れるのでは?と~天神町の古銭店に行った~同じ物がケースに入って価格が書いてあった・家に帰って古銭で売った方が儲かるよ~と言ったが・面倒なのか相手にされなかった~モッタイない~結局は単なる金属類で合金会社へ運ばれていった~

22)家を出る時が来た

😊とうとうやって来た~義父が大阪の知人に頼んで就職先を見つけてくれた<フナイ電機だった>結局は追い出されたんだが~

嬉しい😃ここからの卒業だ~

これまでに

新聞配達やバイト収入は自由に使えたので、スケート靴・魚釣り道具に映画~一人レストランにも行った~モノへのコンプレックスはなかった・ありがとう・

心残りは一度でいいから義父に褒めてもらい~頭を撫でてほしかった~

<大阪行きの列車内ではワクワクしてた~解放だ~自由だ~

《お母さんは一度もお父さんとは呼ばせなかった》

23)トラウマを抱える人生に

家を出てから気づいた何でもない時にも<暴力を受ける姿が頭に浮かぶ>自由時間・仕事中・睡眠中とかも関係ない<逃れられない>これは一生続くようだ~

トラウマ:この病名オーストリアの精神科医フロイトによって知られるようになった~心的外傷として悪い記憶が繰り返しよみがえるとかの症状だとか~

トラウマ病名を知った時に<日本語ではと思った>仔馬の目の前に牙を剥いたがいる~まさにその恐怖の構図そのものだ~

義父からの教訓

義父の事を憎むとか恨むとかはない人を憎めば時間は止まる<前に進めない>それよりも未来志向の方が得策だと知ったこれが義父からの教訓になる>

母子三人を引き取って学校にも行かせてもらった<ご飯も食べさせて貰い生きて来れた恩義優先だ~過去よりも未知への足踏みを楽しむべき~

僕はまだ救われている~世の中には実の父母から虐待を受けている子供がいる<この子達は悲惨だ>信じる者がいなければ~未来も希望も見いだせない<家庭内暴力は逃げ場所がないのだ~>

ニュースでそんな子供を見ると腹が立ってしょうがない<涙が出てくる>もしその様な現場に出くわしたら黙ってはいられない~

<父母は心の支えであり<希望の源>生涯の神となる>

両親の離婚でパートナーが変われば<元来の性格と好みが合致しない>特技もやることも歪曲する~勝手に離婚されては子供には大迷惑なのだ~

自分を知る

僕は可愛がって貰えなかった可愛がって貰えなかった人は可愛がる術を知らない>甘えを知らないので可愛くない~人を押しのけて前に出る事もない、なので大した事は出来ない~やろうとも思わない<物質欲よりも精神欲が勝る>当たり前のことだが 裏切らない友達は心のゆきどころになる~

孤独に育てば人様に頼ることや相談もせずに一人でやってしまう~誰かが何かをやりたいと言えば少々悪いことでも経験をさせて・学びを優先させる・余りとがめたりはしない

境遇や環境で性格・思考は育成される<友人や恋人ができたなら>生い立ちを問えばその人の性格・好みなりが読みとれる~それを理解すればより仲良くやってゆける~

風呂焚きも5ヶ月が過ぎた

少年時代を想い出した~釜焚きさんがやっと来てくれる~大阪に戻れる~賃金は貰えないと解っている~お母さんに汽車賃を貰って戻った~

24)それはデートクラブだった

又~一から出直しだ~

どんな仕事が向いてるのかな~とも考えた<向きも不向きもない~やってからの話だ>好き嫌い職場環境でも左右される何をやっても大して変わらない~思った!

そう考えながら~幼なじみの英機君が京都に居るという~会いに行こう

彼はお姉さん夫婦の所に住み~商品の配送ドライバーをやっていた~久しぶりに会えての談笑は楽しかった<なにか仕事はないだろうかと尋ねると>近くの町工場で募集してるとか・じゃ行ってみよう~

京都での仕事は

ケミコート~鉄板を酸性溶液(硫酸や塩酸)に漬けて錆び汚れ除去と洗浄をする~仕事は楽だったが硫酸のプールの中に落ちると一発であの世生きだな~と思った。

梅田から阪急電車で西京極を半年間通勤した~京都市内は路面電車が外周を走っているので解り易い~さすがに観光地だけあって観るところは盛沢山だが~繁華街のコーヒーが一杯千円では~喫茶店にも入れない<物価も観光料金で高かった>

北区からミナミに引越し

半年働いたお金で難波方面に引っ越した<仕事も多そうだし・面白そうだ>徒歩圏内の浪速区大国町のアパートを借りた~4畳半・押し入れ付き・風呂なし・共同トイレで家賃¥5000

《仕事はまだ水商売に興味があった~会話と人間模様を観察できる》

宗右衛門町近辺で募集広告を探したが~見つからず~御堂筋で50歳くらいのおじさんに声をかけられた<お兄ちゃん~仕事はしてるの?>手伝ってくれないかと言われ~ついて行った

元町の路地を入ったアパート、6畳一間に30代と20代の女性がいた~おじさん<名刺サイズの紙100枚>程を渡された~見ると手書きで『お逢いしたいのみち子と電話番号』これしか書いてない~

このチラシを乗用車のドアー隙間に挟んでくれないか・なんだそれだけでいいんだ・簡単だな~これで日当千円も貰えるんだ、さっそく車のドアーに挟んで廻る、100枚が終わったので~又貰いに行くとおじさんと二人の女性がせっせと手書きしている(配布が速く手書きが間に合わない)

毎日3-4百枚難波ー梅田を歩き周る~ビジネス街の人達や風景を楽しみながら~

配布を始めてだして・すぐに忙しくなった、一月後に新人女性も入店した・以前は同年代の近所の男がチラシを撒いていたが暇だったみたい<近所の男は怠け者の顔をしていた>おじさんにとっては良い拾い物だったかも<何しろおいらは健脚だから良く歩く>

《ここの女性たちが何をやってるとかは・考えることもなかった》

4ヶ月が過ぎた頃、チラシを貰いにアパートに戻ろうとすると~男性3人と警察官がいた~ひょっとするとヤバいかも知れないと思い~黙って帰った~その後は行くのを辞めた

《後で知った:デートクラブと言うらしい》

売春防止法

売春は人類最初の仕事とも言われ~江戸時代からずっと公認だったが戦後にアメリカGHQの要望で法制度は改正された<これは双方が合意なので被害者はいない~合法の国もある>今もスポーツ新聞に広告は載っている~警察は年2回程の取り締まり月間に検挙に動くとか~これ等を<全廃止>にすれば性犯罪の増加になるので暗黙の公認地域もある《AV&ポルノも然り》

次の仕事を探そう~

新聞の募集広告を見るが気が進まない~千日前をウロウロしてると赤電話の設置場所にチラシが散乱していた<女性とデートできますと書いてある>またかと思ったがココはデートだけのようだ<下欄にチラシまき募集と載っている>他に当てもなく・手っ取り早いしな~

電話をかけて待つと30代の男性が現れ、小さなビルの事務所に、部屋には11名の名前が書いた棒グラフが吊るしてあった~成績表番号を押したチラシを渡せば・名前は解る>電話がかかるとお客さんに番号を聞き・キャッチ数計る<それをグラフにする>月単位の歩合制で賞金あり~取りあえずやってみよう

チラシ撒きは簡単だ~足を使うだけなので苦にならない、サボらない月間成績最初から一位給料は7万円を超えた~ホクホクだ(当時:大卒初任給2万4千円)

その日もチラシを撒きながら<ちょっとひと休み>電話置き場に立っていると横に可愛い女の子がいたあっ~思わず声をかけた~

明日の約束をした<胸躍る気分で一日が終わった>やった~

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