57)サンフランシスコ City
山を下り市街地に入って行く~するとビルの照明はつけっぱなしだ~色も白ではなくやや黄色っぽい照明で黄金色に輝いて見える<後で知った~市条例でビルの照明は点灯のままだと>街中は明るく治安対策にもなるようだ~
予定通りにホテルに着き夕食を済ませ~夜はウイスキーを飲んではしゃぎまくった😃
サンフランシスコの街
翌朝に外出するとそれまでの街とは違っていた~徒歩圏内に店舗やカフェがある、世界最古のケーブルカーが走ってる~此処は住みやすそうだ・電車で坂の上に上がると~サンフランシスコ湾が一望できた<映画で観た脱出不可能な監獄島アルカトラズだ>スチーブマックウィーンのパピヨンが思い浮かんだ~


フィッシャーマンズワーフはぷら歩きするだけで楽しくなる港町だ~お土産屋さんも立ち並びレストランもある~散策してるとベルトのバックルを売っている店が目についた~
どれもこれもカラフルで目新しい~スタッフに問えば全部が手作りだと・一つ一つが凝っていて芸術品に見えたので一万円也で一個買った~スタッフも愛想が良い一緒に写真を撮って楽しんだ~
シスコは港町だった~
店を出て歩いてると~あ~屋台だ~湯気が立ちのぼり周囲はカニの香りがする、カニと特大の伊勢海老が赤々と茹でてある・値段は一匹千円~ヨシ食べようと三人とも・むさぼり喰った~

身もぎっしりと詰まっている~海老よりもやっぱしカニが美味いわ~と言いながら両方食べるとサイズが大きいので満腹になる~ここは魚貝類が豊富に収穫できるんだ~安い~
ブラついているとろう人形館があったので入ると世界一背の高い男女の実寸像が~横に並んで写真を撮り~海岸にはアシカが泳いでいたり・寝そべっていたりで・自然環境を大切にするんだと感じながら・やっと観光気分を味わえ~一日遊べた~


ポルノ映画は大流行りだった
翌日はゴールデンゲートブリッジの橋の上から眼下にあるアルカトラズ島を見たりでこの街は退屈しない~夜も照明で明るいので街中を散策できる~映画館があったので見るとポルノ映画だった~どんな雰囲気なのか人間観察して見ようと三人で入館すると~ロスと同じくココも満席でたばこの煙だらけ~
スクリーンいっぱいに拡大された男女の姿を観て~こりゃ駄目だグロテスクだ~色気なんてあったもんじゃないと早々と出ていった・こんなところが満員とは~アメリカは大人の遊び場所がないんだろうな~
3日目の夕方だった~旅して20日は過ぎたが色気がないな~と感じていた~女性と出会う場所も機会もないようだと思いつつ~街中をぶらついてると・小さなゲームセンターがあったのでここで休憩でもしようか~店内に入ると~

それはイタリア女性だった
いた~女性が一人でテーブル・ゲームをしてる~キョロキョロと周りを見渡したが・他に誰もいない~一人なんだ<これはチャンスだ>すぐに行動を起こした~ゲームテーブルに行き~笑いながら~ここ座ってもいい~ええいいわよ~
身振り手振りで話しかけてみると~平日は出かけないけど~金曜~土曜日には・たまに遊びに出てくるの~そうなのか生活習慣を決めているんだ~
お酒を飲みに行きたいんだけど~どこか案内をしてくれない~それなら友達が働いているお店があるから<一緒に行きましょう>と言う訳で着いた所は~フラメンコの店だった~

フラメンコライブの店
フラメンコ衣装の女性が5人いたのでスタッフにも飲んでもらい~飲みだすと少し酔いも回りいい気分になってきた~スタッフが一緒にフラメンコを踊ろうというので真似ながら踊ったりで2時間ほど遊べた~会計は16000円で明朗会計~
店を出て彼女に~3人同部屋だけど一緒に行こうと~誘ってみた~なんとOKだ~部屋に着くと3人でも大丈夫だと彼女は言う・へえ~楽しみに抵抗感がないんだ~これもアメリカ流なのかと・変に感心した~イタリア系の24歳の女性だった~
58)ハワイ経由で帰ろう
翌日~ゴールデンゲートブリッジの散策を終え~そろそろ旅も終わりに近づいたようだ~西海岸は広すぎて行ってないところも数あれど~目的は ”土地と人を知る” なので、まあ~これでいいか~帰りはハワイに寄ろう~オアフ島は淡路島の2.6倍の広さなのか~ここもレンタカーで走ろう~
ハワイホノルルに到着

早速レンタカーを借りて走ると<右も左もテレビで見たような景色が見える~>郊外に出ると~のどかな雰囲気が漂う~だがその先は人のいない田舎だった~4時間ほどドライブを楽しみ車をレンタカー会社に返却した~
ここからワイキキまでタクシーで行こう<乗ってまもなく・ハッと気付いた>あっ~車のダッシュボードにカメラバッグを入れたままだ~忘れてる~

レンタカー会社に逆戻り~フロントで説明をすると~清掃係に連絡したが<無いと言われた>なんてこった~日本では考えられない~観光の島・ハワイもそうなのかとガッカリした~
撮ったフイルムだけでも戻って来て欲しいと思ったが~交番もないし~時間がかかりそうだ~この時のニコンF3は上級カメラだった~此処では関税も高く高値で売れるだろうな~
ホテルは予約で満室だった
諦めて市内に行きホリディインにチェックインした<一泊しか出来ないと云う>明日は7月4日・アメリカ独立記念日~本土からのお客さんで~全室予約済みで~す~仕方がないな~

ワイキキの街並みを散策してると夕暮れで暗くなってきた~横道の向こう側にネオン看板が光っている~なんだろう・行ってみよう~
ビリヤードBARの看板だった
ハワイのBARはどんな雰囲気なんだろう~入ってみよう~店内はカウンターとBOX席・ビリヤード台が2台・5人のおじさん達が楽しそうに遊んでいる~ドリンクを飲み終えたときに~一緒にやらないかと声をかけてくれた~

誘われると嫌とは言えない~それじゃ~行くとみんながすごく喜んだ😄
知らないゲームルールだ~特定の番号球を落とすと負け<負けるとゲーム代5ドルを払う>これもお付き合いだ~楽しめれば良いかな~彼らからは若く見えるようで<寿司ボーイ・寿司ボーイと呼称され、負けると大喜びしてる>多分カモられているんだが~それも面白くて2時間ほど遊んだ~
日本人の観光客は多いがこの店に来たのは寿司ボーイが初めてだと言う<そうなんだ>やはり観光客は定番通りの行動なので・横道には入らないんだ~


助けてくれた広島の女将さん
翌日は一番大きなハワイ島に行った~キラウエア活火山の溶岩台地は足元が熱くて驚いた~この島もホテルは満室だ~マウイ島に戻ろう~夕方に日本食堂をみつけ食事をしながら女将さんに話しかけた~何処もホテルは満室なんだね~<独立記念日だからね>この時期はいつもそうなのよ~
困ったな~野宿でもするか~と首をかしげてると~女将さんが~あなた達泊まるとこないの~じゃ~ここの二階に泊まりなさいと言ってくれた~二階はガランとした20畳ほどの広さがあり~日本から知り合いが来た時とかに使うんだとか~
助かった~広島出身の気の良い女将さんだった<ありがとう>観光地の良さを感じた<やはり捨てたもんじゃない>コレでカメラのことは忘れた!次の日も宿泊予約が取れそうにないので一日ブラついて帰ることにしようか~
ハワイの海遊びに興味はなかった~子供の頃から綺麗な海で泳いでたし与論島・沖縄本島・石垣島へも行ったことがある~海は沖縄というイメージが強かった~

さあ~帰ろう~
☀一緒に旅した相棒は23歳と25歳 一生の財産になっただろう!
59)雑誌社をやってみよう
さあ~又ゼロからのスタートだ~何をやればいいんだろう~今度はまともなことをやってみたいな~と想いつつ~いつものように雑誌を広げ~雑誌か~この雑誌は全国版だが~関西をメインにした情報誌が見当たらない~みんな全国版だ~それなら関西をメインにした情報誌があってもイイのでは~
最初は月刊誌から初めて軌道に乗れば隔週とか週刊誌とかに~雑誌出版って結構面白そうだぞ・え~と雑誌名は関西の情報誌『HOT TIMES』はどうだろう・ヨシ~これに決めよう~新しい世界が見れるかも~何らの知識もなく突発的な発想で行動を起こしてしまう・いつものことだべ~

<あれもこれもやってみたい~子供の頃の束縛から解放が反動なのか?思い立ったら行動だ~>
まずはオフィスを借りて株式会社を設立~従業員を募集しよう~ひと月もかからなかった~堺筋通りに事務所を構えて募集で来た編集長は業界誌の経験があるとか~カメラマンはレバノンで戦場カメラマンをやっていたという~記事書きとかも今までに付き合ったことのない文科系の人達だ~
営業とかも入れて8名が揃った~何らの経験もないので編集長が全体企画➜制作➜発行へと~記事作りから書店への流れも・彼の進行に任せて勉強をしよう~
編集長が気にしてたのは雑誌コードだった~これがないと販促においても流通システムを利用できないようだ・どうやら簡単には取得できないらしい~その代わりに一度取っておけば途中で廃業しても再度使用可能だとか・大阪の某就職情報誌は取得に一年以上もかかったとか~
ところがである・営業担当が登録申請に出向いて戻った時の表情がニコニコ顔だ~なんと”一発でOKだった”と全員が大喜びではしゃいでいる~やったな~これでやれるぞ~とみんなで乾杯だ~飲みに行こう~

おいらは印刷業者を探さなきゃ~3社の見積書の中から一社を選択したが<その時に編集長がポツリと言った>最初は安く見積っておいてその後に値上げをする印刷屋が多いので・と・そうなのか~業界によっては色々あるんだ~
さあ~記事作りだ~丁度その時にミスユニバースの日本大会がフェスティバルホールで開催されることになった~これは面白そうだ~現場を観たいのでカメラマンと三人で行くことにした~この時にカメラマンは36枚撮りのフイルムを4本もバッグに入れていた<そんなにフイルムを使うのかな?>
三人でフェスティバルホールに着き~入口で腕章を貰ってフリーパスで入場できた~この時・マスコミの一員になったような気分に~なにか面白くなってきたぞ~

やはり舞台は華やかなショータイムだ~超満員の中でカメラマンはシャッターを押し続けている~ワンショットを撮るのに何度も何度もシャッターを切る~なるほどこれがプロカメラマンなのか~と観察しつつ・それではと自分目線で感じた瞬間をシャッターに収めよう~15枚撮った~
持ち帰ると編集長は照明セットとレンズ台を用意している~フイルムの一コマ一コマを比較審査しているようだ~一枚の写真を選択するにも時間をかけるのか~そして決まった一枚はおいらが撮った写真だった~解らんもんだな~
ついでに・記事も書いてみようか~競馬場に一年間も休まずに通い続けて~色んな人達を観察した頃を想いだし・競馬にまつわるエピソードを記事にした~


社内は原稿整理から印刷に回すまでのチェックもありで~てんやわんやの大忙しだった~出来上がれば印刷屋➜出版社➜本屋さんへと流れて行く~そのころに出来て間もないコンビニエンス・ストアへも配送されてた~セブンイレブンは朝7時から夜11までの営業だったので社名はそこから付けた~
編集長は出稿を終えると安堵感に浸ってホットした表情をしている~ご苦労様でした~ただ気がかりなことがあった・次回に印刷屋の値上げはあるのだろうか~今まで経験した中では・そのような話は聞いた事は無いのだが~
さてと~出版された雑誌は店頭に置いてあるかな~と近くのローソンに行くと<並んでる~ちょっとうれしい>売れるかどうかは考えても仕方がない<商売は水物>改めて中身を読んでみよう・ひと通り読み終えたのだが・なにかしっくりとこない、文章が新聞記事のようで固い~娯楽性に欠ける~
記事担当は某新聞社に在職していたらしい<この癖は治らないだろうな~>これがずっと継続するとなると~少しばかり・不安を感じる~
社内は早くも次号の記事作成にと編集長は忙しそうだ~営業担当は広告を取って来なきゃと出かけるのだが・これが難しい~広告収入が無ければやってゆけない~雑誌の売り上げと広告収入の両立で成り立つ訳でこのバランスがとれないと厳しい~

広告料は雑誌の裏面・表紙の裏面・裏表紙の裏面とかが高額になる~初刊の広告売り上げは12万円だった~これではやってゆけない~
そう言えば愛人バンクの時に広告代理店の社長がいたはずだ<頼んでみようと連絡を取ると来社してくれた>大手飲料メーカーにコネがあるので話をしてくれるようだ~編集長に広告料金を尋ねると裏面は150万円・表紙裏は100万は貰わないと~あれれ~それは違うんじゃないかと感じた~おいらの計算では販売部数で価格を算出するのではないだろうか~

ましてや新しい出版社だし裏面でもせいぜい60万くらいでは~というよりも初回は無料サービスで良いと考えていた~大手の掲載が呼び水になれば~営業もやりやすいだろう・と思ったが~
まあ~ここも経験ある編集長の意見を尊重することにしよう<120万円で話をしてください・になった>今後、継続してやれるかどうかは・ここが分岐点かもと感じながら~
第二号はページ数も部数も増えて印刷屋に出すと~請求額は1割ほど高くなっていたが想定内だったので・まあ~いいか<三号の時が問題だな~>

広告代理店の社長から答えがきた~掲載は難しいようだと・やはりミスったな~おいらの考えを通せば良かったかも・おまけに三号も印刷料金の請求額が~又上がっていた・
こりゃ~参いったな~株式会社といっても個人出資なので~この後も幾百万の支払いを続けるのは苦しい~となると借金になる~借金だけは嫌だ~日々借金が脳裏から離れないような~生活は・したくない>
人に問えば<会社は借金で大きくなるモノだと云うが>おいらの性格では無理のようだ・見切り千両にするか~早い方が損失もない(実家の義理兄に譲渡を考えたが~辞めた>娯楽性に欠ける記事文章が頭をよぎる~所詮は水商売上がりの知識の無さもあり~第4号はなかった~廃業とした~
数年後に雑誌ブームになったが~欲も執着心もないので決断は早い~なので何事も余り気にしない>やりたいことを経験できた~楽しく遊べた~アハハ~(出世欲があれば続けていただろう)
60)新幹線の窓から見えたモノ
時間もできたことだし~久しぶりに故郷に帰り・母親の顔でも見に行こうと~新幹線に乗り広島駅に停車した時~<車窓から見えたのは>あれ~今までになかった新築のビルがある『RECRUIT』と表示されている~ほう~新しく出来た会社なんだと思いつつ~

博多に着くと~ここにも駅前にリクルートの新築ビルがある<凄いな~こんな一等地にビルを建てられるなんて>それも全国に同時だ~これは普通じゃない~
三日ほど母親の元気な姿を見て~中洲を飲み歩き・大阪に戻ってテレビをつけるとリクルートの社長がゲスト出演していた~すぐに違和感を感じた~あれほどの会社を創業した人なのに風体・表情から自信・喜び・意欲が感じられない~この人は取ってくっつけたダミー社長だ~ そう思った!
少し調べてみると~以前は東京の求人情報誌を出版していたとか~小さな賃貸ビルの求人情報社が一部上場をし~あっという間に全国の一等地に何棟ものビルを建てた~それはあり得ない~
これは政治屋さんが仕掛けた会社だな~それもトップクラスだ《政治屋さんって何でも出来るんだな~》これが世の中の仕組みだ~案の定というか社長は数年で辞めた《車窓から見た・あの場面はなぜか印象に残った》この時の首相は中曾根康弘さんだった~引退後もコレで安泰だろう。


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