65)年賀状の依頼は組事務所だった
それは年末も近い12月23日だった~年賀ハガキの宛名を毛筆でとの依頼だった・宛名書きにしては少し遅いのではと思いつつお伺いすると~、高級マンションの一室は自宅兼・組事務所になっていた~
広めの玄関から廊下を歩くとピカピカに輝いている~・周囲も綺麗に整理整頓されて無駄がない<バーテン時代にこん話を聞いた事がある>刑務所に入るとやることがないので・監房の中はホコリが一つもないんだと・ここにもそんな人が居るんだろうな~と思いつつ

部屋に通されると組長は毅然として座っている~取り敢えずは料金を伝え~350枚の年賀はがきを預かり部屋を出た~
色々な依頼がくるだろうと事前に各種の登録者を募っていた~年輩の方なら間違いはないだろうと毛筆の出来る60代女性を選んで訪問し<年賀はがきの書きかたはおご存知ですか>と尋ねると・ハイ大丈夫です・と答えが返って来た~

名簿を見せ~この様な内容です~肩書が少しばかり多いので間違いの無いようにお願いしますねと告げ・名簿と年賀状を渡した・まあ~60代で筆書きが出来る人なら大丈夫だろう・細かく説明するのは失礼かも<これが浅はかだった>29日に貰いに行き・出来上がりのハガキを見た瞬間に『冷や汗が出た~』うわ~どうしよう・書き直すには間に合わない~
それは住所・番地・肩書・名前とか<行も列も不揃いの箇所が多すぎる>困ったぞ~字の大きさもマチマチだったので苦労して書いてくれたんだ~頑張ったんだな~とは読み取れたが・今更しょうがない・不揃いの部分を指摘し今後はこのように書いてくださいと伝え・手当を渡して帰った~
参ったな~修正は無理だし~まずは謝るしか手立てがない~事務所に出向き組長に<この様な仕上がりになってしまいました・誠に申し訳ございません>これでは料金を戴く訳にはゆきません・なにとぞご勘弁ください・お願いしますと・平身低頭に謝った~
傍にいた若い衆が、けじめをとってもらわないかんな~と言葉が聞こえてきたが~ひたすら謝り続けるしか方法がない~組長は腕組みをしたまま・しばらくして首を縦に振ってくれた<ありがとうございました・ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした>と言葉を残して帰った~ああ~なんとか無事に治まって良かった・ホッとした・
《確かに文字数が多かった~住所の他に何代目・何々組・OO組長や何々舎弟頭とかの書入れがあった》
・会社関係ならもっと厳しかったかも知れない・
66)便利屋の仕事はさまざま~
結婚式を間近にした男女が事務所まで出向いてくれた~新郎に身内がいないので式場に友人や知り合いとして何人かを出席させてもらえないかと<それはそれはおめでとうございますと言葉をかけ>7人に行ってもらったが・この人にはたいそうに喜んでもらえた~お祝い事だし料金は日当だけを頂戴した~
自宅や部屋のゴミを処理してもらえないかとの依頼は時々ある~行けば大量の不要品で足の踏み場もない~最初は<うわ~なんだこれは>と思ったが~どうやら他人ごとではないようだ~新しいモノを買って古いモノを捨てられない人は結構いる~高齢になるとこうなるかもしれない~

世間体もあって時間帯は深夜・早朝にしてほしいと~体が不自由・ゴミ捨てが面倒とか理由は様々~軽トラックならすぐに満杯になる~これは市の処理施設へと運ぶ<片付ける気持ちになれない女性がいる>
公団住宅の60代女性は~早朝に非常階段を降りる音が部屋まで響いて困っていると~原因は新聞配達員が階段を駆け下りるようだ~近隣の販売所に出向き~苦情が出ているので対処するようにお願いをした~
ある時はおばあちゃんがデパートに買い物行きたいと云うので一緒に付き合って貰えないかとか~4月には大阪城の花見席の場所取り依頼が何件かある~前夜から徹夜で待機したり~チケットの購入~水回りの修理~手に負えない荷物運びの手伝いなど~
あすか君が結婚した
スタッフのあすか君は女性宅の引っ越しに行き~これが縁で彼女と結婚することになった~その後に彼は美術品や骨董品を扱う古物商へ派遣社員で行った~
彼は美術品・骨董品の査定が勉強できて面白いと言う<どうやら彼に合ってるようだ>結婚したことだし~便利屋よりも良いだろうと社員として勤めるように計らった~
これを機に便利屋を解散しよう
<ひと通り経験できた~スタッフには先の見える仕事に転換して貰おう・卒業かな~>
67)古物商の相談ごとは
古物商はあまり知られていないが<各地に美術道具市場(天下茶屋にも>があり~業者が骨董品・美術品・物品等を持ち込んでオークションにかけたりで売買を行っている~開催日には日用品・電化製品とか高価な物品迄も取引されている~
あすか君が勤めだして一年が過ぎた頃に<店でトラブルが起きて困っている>と相談にきた~じゃ~いい機会だ~応援するからと独立を勧めた~骨董品買いますと新聞広告に出し”開業”をした~スタート直後から食えるようになった~まずはひと安心・


数年後にTV【なんでも鑑定団】が放映されて<骨董ブームになった>彼の独立は大正解だった~TVの鑑定士は価格を上げるほどに<手持ちの資産価値>が上がるので一石二鳥だ~
あすか君の相談事
ある日に相談したい事があるというので<話を聞くと>資産家の奥さんが来店し~主人が亡くなり・美術品が沢山残されていて~それを親戚達がねだって来るので困っている~絵画や美術品などの高価なモノを選択して預かってほしいと云われ~
倉庫に保管はしてるが~なんと~その奥さんがハワイの別荘でお亡くなりになったという<どうすれば良いですか~>世の中にはこんな事もあるんだ~
死人に口なしか~と笑って聞き流し~答えは出さなかった~誰かに話を聞いてもらえれば肩の荷が降りるものなので~あとは本人が決断するだろう<数千万円のモノが多数あったよう>その後も聞くこともなく~今も知らない~
68)ギャンブルの必勝法
便利屋を辞めて~少しばかりホットしたような気分~多様な仕事から解放されたせいなのか~それとも飽きたのかな~次は一人でやれるビジネスはないだろうか~と・ぼんやりと天井を仰ぎ見ながら~
あの頃はよく競馬場に通ったな~その時に競馬必勝法を考えたが~あんなもの・売れるだろうか?
それでは~と競馬雑誌を買って広げて見てみると・あるある競馬必勝法の広告が載っている・やっぱし買ってくれる人がいるんだ~これって特殊な職業だな~何んでもいいや~これやって遊ぼう~

それではと購買者を計算をしてみよう~人口が1億人・成人・男女・地域からギャンブル人口は~その中から購入者は何パーセント・え~と・なるほど~こんな数字かな~これ以上概算しても・しょうがない~

その頃に考えた必勝法を想いだしながら~原稿作り➔印刷➔おっとと~その前に事務所を借りなきゃ~と日本橋通りの黒門市場近くに小さな事務所を借りた~
電話受けの事務員を雇用し~その時~日本橋通りで以前にディスコでウエイターをしていた上原君と出会った~今は仕事をやっていないという・じゃ~手伝ってもらおう~
必勝法はポケットに入る手持ちサイズにしよう~まずは2000部を作り~売値は他の必勝法を参考に<一部一万円に設定>こういうものは特殊なので値段も高い~ギャンブルをする人は藁をも掴む思いで何かしらのヒントを求める~
売り場はギャンブル場周辺の書店がよさそうだ~広告に書店名を載せれば書店も納得してくれるかも・これなら営業も楽だろうし~
上原君は全国の公営ギャンブル&場外馬券売り場の周辺書店へ営業に行くことにした~書店へのマージンは一冊3千円にしよう(一般的は22%位)これなら置いてくれるだろう~
書店に頼みに行くと意外にスンナリだった<書店からすればマージンが高い>ただ置くだけでいい~上原君は九州熊本から北海道旭川迄行った<彼は全国を旅した>こんな経験は滅多にはできない~ひと回り大きく成長するだろうな~おいらが20才の時に新宿~札幌に行った時のように~

書店名を掲載した広告を九州・大阪・北海道のスポーツ紙に出すと~予想通りだった~書店が無い地域からは毎日のように現金書留が届いた~
最後は東京だ~広告料は大阪の2倍ほどだが人口数でそれなりに売れるかも~大阪に東京の広告代理店はなかった~電話帳で広告代理店を探し依頼した~
反応が速い~掲載日の翌日午後に現金書留が届いた~それも155通も来たので驚いた~やはり東京と大阪では経済規模い購買力にも差があるようだ~本屋の売り上げ部数も大阪の4倍以上だ~


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