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【第22章】長崎港のブリトロは天下一品

目次

85)長崎港のブリトロは天下一品

それにしても長崎ブリトロ美味しかった~夕暮れの頃に長崎漁港を二人で散策してると・小さな小屋みたいなのがあった~横壁小窓半開き射している~なんだろうと覗くと寿司のネタケースだった~

港町の小さな寿司屋

中には大きなブリ腹部ブロック横並び3本白布で包んである~なんだこりゃ~全部ブリトロじゃん~それも立派ブリだ~こんな小さな店このをさばける疑問感じた~

全部売れるの~

元々ハマチ~ブリは余り食べない~養殖ばやりの初期時に餌の質を落とす業者が多く・美味しくなかった~だがこのブリトロサイズには興味が湧いた<天然もので大型だ>日が暮れて二人食べに行った~

ドアーを開けると既に5人のお客さんが入店している~皆さん全員がブリトロを注文していた~なのでブリトロを注文して口に入れると驚いた~今までモノとは別格だ~

美味すぎる本まぐろの大トロと比べても<勝るとも劣らない>

店主はこの自信を持ってブリトロメインにしたんだ~さぞや目利きも肥え・漁港では一番良いモノを仕入れてるんだろうな~旬である冬場だったこともあり 旨すぎた

多分これ以上美味しいブリトロに出会うことはないだろうと思いつつ、口直しで他のネタも合わせて食べることにした・それからは寿司屋入るとなんとなく・気になり・ブリトロのネタを見るが~やはりあれほど”モノは有名店でもなかった。

鮪の大トロがタダ同然

マグロ大トロ飽きるほどに食べたことがある<21才の時だった>曾根崎お初天神通りに客席40席ほどの寿司屋に五郎ちゃん一緒に行った時だった~

白布包まれた大トロのブロックをネタケースから取り出しカットしだした・一番高い¥1200大トロ一番安い¥120皿盛って出してくれた・食べ終えるとすぐにまた握っては出す~握っては出す・9皿満腹になったので・もうこれ以上~食べれそうにないです~

どこ気に入って貰えたんだろう~と二人話しながら帰ったが、それからは大トロ何年も食べれなくなった~脂身の『』を想いだしてしまう~

江戸時代~傷みやい大トロは~廃棄されていた)

食べ歩く女性は料理上手

おいらは外食癖が身についているので~彼女をあっちこっちへと連れて行った~美味しいモノを食べれば~憶えてくれる~との思いもあった~

こんな会話にしたことがある~スナックで飲んでると隣の会話が聞こえた<うちの女房は料理が下手で食べる気がしないというのだ~よくそんなことを言えたもんだと呆れた~当人は会社勤めの付き合いとかで・味を知ったのだろうが・

この人は奥さんを閉じ込めて一緒に出かけない人なんだ~二人で美味しいモノを食べに行けば~奥さん料理の味知る食べてこそ覚える

彼女もそうだった~阿倍野を車で走っていると《ステーキ・フルコース》看板が目に付いたので二人で行ってみた<前菜・スープ・メイン・ドリンク・デザートのコース>をご馳走になり帰宅したのだが~

それから一週間後の夕食にステーキコース食卓に出てきた・それもその時に食べたそっくりそのままコースだった・これには驚いた感激だ~

86)なんとなく香港へ

どこか海外旅行に連れて行ってあげようと思い・個人で旅行会社をやってる中川さんのところへ遊びに行くと・香港マカオ旅行の予定があるとか・じゃ~一緒に行こうか~

香港国際空港に着き~バスで街中を走ると~建物ごちゃごちゃ乱雑に立ち並んでいる~

香港の市街地は密集地帯

これは、初期の頃我も我も人々集合し~増設が度重なって街が出来たようだ、アメリカの開拓ように計画を伴った街造りとは・まったくケースだ~

香港全住民一斉外へ出たなら<人が溢れて海に流出する~>と云う冗談もあるほどに密集している・だがレストランの食べ物は違っていたイギリス領経済国だったので中国日本からの良品香港に流れている~新鮮な食材が豊富に揃って高級食材も安く食べられた~

マカオは単なるギャンブルでしかなかった~賭け事をやらなきゃこれといってみるべきものもなく~香港から流れ来る人達を相手に稼いでいるようだ~

87)予想もしなかった:インド旅行

香港から戻り~なんとなく聞いてみた~何処か行ってみたい外国~と尋ねるとインドだと~

そうか~じゃ~インドに行こうか~それまでにインドという発想はまったくなかった~仏教と映画作りが盛んな国とは知ってはいたが・いい機会だ~この行って見よう~

土地は土色の景色だった

空港に着きゲートを出ると30代男性ツアーガイド名前を書いたボードで待っていた~挨拶を交わし同行すると車は5人乗りベンツだった(輸入車の関税はどれも同じ)

ドライバー&ガイドと4人で旅をするようだ~タージマハールのアグラ・ジャイプールのピンクシティーアンベール城ガンジス河巡るとか~

ホテル到着~翌朝に迎えがきたので乗車し未舗装道路を走り出すと~気温が高いせいか樹木緑色が少ない<周りの景色全体が土色に見える>どの目的地へも数時間かかるようだ~

大理石で造ったタージマハル

途中で小さな町に立ち寄り・店舗に案内されたツアーガイド必ずお土産に立ち寄るのだが~どの店も通常よりも少し高めになる<ガイド支払うバックマージン含まれる

それでも何か一つは買ってあげなきゃ~車内はクーラーは効いているが・外はなにしろ暑いので現地の人が着ているクルタシャツを買って着替えた~町中はどこも人だらけ賑わっている~

皇帝シャージャハーン妻への愛情の深さを表現した建造物なんです~とガイド説明してくれた財産の大半を費やしたとか・凄い愛着心だ~

アンベール城平和の城

ピンクシティを通り~マハラジャ宮殿城塞<アンベール城>に・高所の城は歩いて登るには厳しいので観光客神様と慕われる象の背中乗って頂上まで行くようだ~

象の背中には4人~6人が座れる平面板枠を作ってある~欧米からの観光客も多く20頭以上の象が待機していた~皆さんそれぞれに背中に乗って列をなし~ゆっくりと石坂を登って行く~

こんな人を見たことがない

象が歩き出すと後ろからゼェゼェとせきを切ったような枯れた声聞こえた

なんだろうと象の背中から下を見るとなんと~右足の膝下足首が切断されてない~片腕も肘下がない>身長は120cmほどで40代と思われる男性土汚れ半身裸で地面を這いつくばりながら懸命追って~ついてきている~

カスレ声絞り出すように何か叫んでる~多分マネーと言ってるのだろう~こんな悲惨な姿をした見たことがない必死に生きているんだ何とも表現しがたい・気持ちになった~

どうしようどうすればイイ~周囲を見渡すと見て見ないふりをしている~皆に惑わされたのか100ドル札をコインに包んで投げれば~と気づいた時遅かった~ゾウの足は意外と速い~間に合わなかった~

この地の100ドルは大金だ~理由は何であれ~おいらよりも彼には100倍の価値がある~たとえ一瞬でも喜びを与えられたはず<あ~あ情けない>残念でならない

自問自答している間に

象はズシンズシン力強く石坂登りきり~アンベール城の入口にたどり着いた~そこには「世界一美しい」と云われる城門がある~小高い丘の上から広々とした景色を見渡せば・いい気分に

インドは宝石の

正面全体精巧な透かし窓やフレスコ画(ミケランジェロとかの壁画や天井画)で描かれた図柄芸術性に溢れている~中庭・寺院・庭園・広場と案内された~壁画や天井までを宝石と装飾飾られ当時なら目もくらむほどの豪華絢爛だったに違いない<現在は修復されている

おいらが行った時は修復前だった~入口から城内も傷だらけで壁画や天井は薄汚れて原形が読み取れないほどに~それもそのはず1857年イギリス軍がインドを武力制圧した発砲した弾痕があっちこっちに残っていた~

それだけではなかった入口から<玄関の上・壁>いたるところが掘り削られ穴ボコだらけだ~そこには宝石が埋め込まれていたという~それをイギリス軍が掘り返して持ち帰ったそうだ~インドはダイヤモンドの産出国であり・宝石大国だ~マハラジャ栄華崩壊された修復はされてはいるが~宝石はない>

この時代にイギリス軍が植民地にしたは中南米・カリブ海域・アジア・アフリカ・オセアニアの各国と数えきれない~軍艦を持ち先端武器を持てば制圧できる~これは今も昔も同じようだ~綺麗修復された現在のアンベール城過去歴史消してしまった~

アンベール城日本の城との違いを感じた~ここは闘いとは無縁優雅さを重んじている~毎月の特定日に各地から行商人食品やモノを持ち寄り市場になって賑わったり・広場に庶民を招き入れてお祭りをやっていたという~良き時代だったようだ・お国柄を感じた

今日はフリータイム

ご自由に過ごしてくださいと言われ~タクシーに乗って街に出てみた街は人や車の往来が多く人口が多いんだな~と感じながら空を見上げると日本のような青空ではなく少しかすんでる・そして暑いと思ってると道路に大きな温度計があった~見ると43度を指していた・暑いはずだ~

名物の自転車こぎ三輪車に乗って街中を走ってみよう~乗ってみるとがないので吹き抜けるのはいいが~を外に出すとドライヤー温風ようだった~

そんな中~人や車でごちゃごちゃとして賑わいがある~店舗を見渡す何処にもクーラーない~クーラーを置けば流行るだろうな~とは思ったがクーラーを置けるほど裕福ではない時代だった~

なにか現地モノを食べよう~レストランで皆が食べてるナン(小麦粉の生地をタンドール焼き釜で焼く)を注文カレーに浸けて食べたが当然ながら普通の味だった~街中ひと通り廻った~

インドは占いの

ホテルに戻るとロビーで30代後半の男性が占いをやっていた、そう云えばインドは占いの元祖の様な国だ~南インド・タミル地方の寺院アガスティアの葉保管され~全ての来訪者の<過去・現在・未来の運命が書かれている>これを求めて世界中からやってくる<本当かな~?>

何となく興味が湧き二人して診てもらった~おいらにはこれといった言葉はなかったが・彼女は~あなたはご主人を信じれば何もかもが良くなりますと言われてた~<自己本位に見えたかも?>

インドの子供は真面目だった

一番年上に見えた12才位の男の子が傍に来た時に声をかけた~ポケットに20ドルとコイン数枚があったので・みんなと・分けて~と渡した~

ところがすぐに戻って来たあれ~なんだろうと~彼が言うには平等に分けられない数字になるのでどうすればという~なるほどインド式計算法は早くて正確なようだ(日本は9X9までだがインドは19X19まで計算できる)おまけに・おじさんの名前はと聞かれた~

なんて真面目なんだろうと感心しながら~じゃ~お母さんに相談して・と言って別れ~帰ろうと歩いてると・雑草の中から声が聞こえた~見ると土壌を掘った木材作り小屋から叔母さん手招きで中に入りませんかと言ってる~どうしょうと思った~

あ~ここは外国だ~もしもこの場で行方不明になれば発見は難しいかも~という考えが浮かび~時間がないのでと~お断りしてホテルに戻った~

翌日はガンジス川見学だった~数人が沐浴をしていたが~どう見ても<汚れている川でしかない大丈夫かな~と眺めたが・では工場排水もありで未整備のまま~水質汚染深刻だとか~

二つの宗教

ガイドさん曰く『ヒンズー教は』牛を神聖な動物として崇拝するとか・インドにはもう一つイスラム教徒がいて・彼らはやや過激派だと・言っていた~

インド旅行も終わりに~

この旅でガイドさんはお金にならなかっただろう~土産店寄ったが・みやげ物は~想い出に何か一つかを見つけて買うくらい、帰り際空港で・残ったお金を年輩のドライバーに渡してバイバイした~<給料よりも多かったかも>

香港の時と同じく写真は一枚もない<カメラを持たない主義のようだ>その瞬間を味わう~

88)彼女の両親が来ていた

旅から一週間経った土曜日だった~帰ると玄関に二足の靴が並んでいる・誰だろうと部屋に入ると彼女の両親が来ていたので驚いた~成人式の写真を送った時に写真屋詳細を見て住所を教えてもらい・やって来たとか~大変だったんだ~

教会での結婚式

両親彼女は話し合ったようだ~今の生活を続けたいとの意思に~形だけでも式を挙げてほしいとの事~<電話帳調べるいつでも式ができる教会>があった~翌日に教会へ行き~レンタル一式借り神父の言葉誓いを述べ~無事済ませた~

一週間後に車で善通寺市に出向くと彼女の実家は農家で親戚の土地を借りて米作りをしていた~家に入ると室内はガランとしている・本が一冊も見当たらない・農業なら必要ないんだろうな~と思いながら、結納金をお渡しして帰宅した《勘当されたは・彼女の自説だった》

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