85)長崎港のブリトロは天下一品
それにしても長崎のブリトロは美味しかった~夕暮れの頃に長崎漁港を二人で散策してると・小さな小屋みたいなのがあった~横壁の小窓が半開きで光が射している~なんだろうと覗くと・寿司ネタケース~
中には大きなブリ腹部のブロックが横並びに3本も白布で包んである~なんだこりゃ~全部ブリトロじゃん~それも立派なブリだ~こんな小さな店でこれだけの量をさばけるのかな~と疑問に感じた~

全部売れるの~
元々ハマチ~ブリは余り食べない~養殖ばやりの初期時に餌の質を落とす業者が多く美味しくなかった~でもこのブリトロのサイズと質には興味が湧いた<天然ものだ>日が暮れて二人で食べに行った~




ドアー開けると既に5人のお客さんが入店している~皆さんやはりブリトロを注文している~同じくブリトロを注文して口に入れてみた~驚いた~今までのモノとは別格だ~
店主はこの味に自信を持ってブリトロをメインにしたんだ~さぞや目利きも肥えて漁港では一番良いモノを仕入れてるんだろうな~旬である冬場だったこともあり旨すぎた~
多分これ以上に美味しいブリトロに出会うことはないだろうと思いつつ、口直しで他のネタも合わせて食べることにした・それからは寿司屋に入るとなんとなく・気になり・ブリトロのネタを見るが~やはりあれほどの”モノ”はない。
マグロの大トロは飽きるほどに食べたことがある<20才の時だった>曾根崎お初天神通りに客席40席ほどの寿司屋に五郎ちゃんと一緒に行った時だった~




27歳位の板さんが話しかけてきたので機嫌よく答えていると・何を思ったか板さんが・今日は良いのがあるからね~一番うまいものを食べさせてあげるわ~遠慮せんとなんぼでも食べてや~
白布に包まれた大トロのブロックをネタケースから取り出しカットしだした・一番高い¥1200の大トロを一番安い¥120皿に盛って出してくれた・食べ終えるとすぐにまた握っては出す~握っては出す・9皿で満腹になったので・もうこれ以上~食べれそうにないです~


どこを気に入っても貰えたんだろう~と話しながら帰ったが、それからは大トロを何年も食べれなくなった~脂身の味を想いだしてしまう~
(江戸時代は~傷みやい大トロは~廃棄されていた)
おいらは外食癖が身についているので~彼女をあっちこっちへと連れて行った~美味しいモノを食べれば~味を憶えてくれる~との思いもあった~
こんな会話を耳にしたことがある~スナックで飲んでると隣の声が聞こえ<うちの女房は料理が下手で食べる気がしない>というのだ~よくそんなことを言えたもんだと呆れた~当人は会社勤めの付き合いとかで・味を知ったのだろうが・
この人は奥さんを家に閉じ込めて一緒に出かけない人なんだろう~二人で美味しいモノを食べに行けば~奥さんは料理の味を知る<食べてこそ覚える>
彼女もそうだった~阿倍野を車で走っていると《ステーキ・フルコース》の看板が目に付いたので二人で行ってみた<前菜・スープ・メイン・ドリンク・デザートのコース>をご馳走になり帰宅したのだが~




それから一週間後の夕食にステーキコースが食卓に出てきた・それもその時に食べた~そっくりそのままのコースだった・これには驚いた~感激だ~
86)なんとなく香港へ
どこか海外旅行に連れて行ってあげようと思い・個人で旅行会社をやってる中川さんのところへ遊びに行くと・香港マカオ旅行の予定があるとか・じゃ~一緒に行こうか~
香港国際空港に着き~バスで街中を走ると~建物がごちゃごちゃと乱雑に立ち並んでいる~




初期の時代に我も我もと人が集合し~増設の度重なりで市街地になったような雰囲気だ~アメリカの開拓ように計画を伴った街造りとは・まるで逆のケースだ~
香港の全住民が一斉に外へ出たなら<人が溢れて海に流出する~>と云う冗談もあるほどに密集している・だがレストランの食べ物は違っていた~イギリス領で経済国だったので中国や日本からの良品が香港に流れていた~新鮮な食材が豊富に揃い高級食材も安く食べられた~




マカオは単なるギャンブルの国でしかなかった~賭け事をやらなきゃこれといってみるべきものもなく~香港から流れ来る人達を相手に稼いでいるようだ~
87)予想もしなかった:インド旅行
香港から戻り~なんとなく聞いてみた~何処か行ってみたい外国は~と尋ねるとインドだという~




そうか~じゃ~インドに行こうか~それまでにインドという発想はまったくなかった~仏教と映画作りが盛んな国とは知ってはいたが・いい機会だ~この際に行って見よう~
中川さんにインド旅行を手配して貰った・広い国なので良く解らないがニューデリーを起点に7泊8日の予定で出発した~
空港に着きゲートを出ると30代の男性ツアーガイドが名前を書いたボードを持っていた~挨拶を交わし同行すると車は5人乗りのベンツだった(輸入車の関税はどれも同じ)
ドライバー&ガイドと4人で旅をするようだ~タージマハールのアグラ・ジャイプールのピンクシティー・アンベール城・ガンジス河を巡るとか~




ホテルに到着~翌朝に迎えがきたので乗車し未舗装の道路を走り出すと~気温が高いせいか樹木は緑色が少ない<周りの景色全体が土色に見える>どの目的地へも数時間はかかるようだ~
途中で小さな町に立ち寄り・店舗に案内された~ツアーガイドは必ずお土産店に立ち寄るのだが~どの店も通常よりも少し高めになる<ガイドに支払うバックマージンが含まれる>
それでも何か一つは買ってあげなきゃ~車内はクーラーは効いているが・外はなにしろ暑いので現地の人が着ているクルタシャツを買って着替えた~町中はどこも人だらけで賑わっている~




やっとたどり着いた世界遺産のタージマハル「宮殿の王冠」はさすがに景色が違った~それまでの乾いた風景とは一変して広々とした平野の中に~水と緑がある<愛妃の墓タージマハル>は総大理石で造られているだけに白く悠々とそびえ建つように見える~
皇帝シャージャハーンが妻への愛情の深さを表現した建造物なんです~とガイドが説明してくれた~国の財産の大半を費やしたとか・凄い愛着心だ~
次はピンクシティを通り~マハラジャの宮殿城塞<アンベール城>に・高所の城は歩いて登るには厳しいので観光客は神様と慕われる象の背中に乗って頂上まで行くようだ~
象の背中には4人~6人が座れる平面の板枠が作ってあった~欧米からの観光客も多く20頭以上の象が待機している~皆さんそれぞれに背中に乗って列をなして~ゆっくりと石坂を登って行くことに~




象が歩き出すと~後ろからゼェゼェとせきを切ったような枯れた声が聞こえた
なんだろうと象の背中から下を見ると<なんと~右足の膝下と左足首が切断されてない~片腕も肘下がない>身長は120cmほどで40代と思われる男性が土汚れの半身裸で地面を這いつくばりながら懸命に象を追って~ついてきている~
カスレ声を絞り出すように何か叫んでる~多分マネーと言ってるのだろう~こんな悲惨な姿をした人を見たことがない<必死に生きているんだ~>何とも表現しがたい・気持ちになった~
どうしよう~どうすればイイ~周囲を見渡すと見て見ないふりをしている~皆に惑わされたのか~100ドル札をコインに包んで投げれば~と思った時は遅かった~ゾウの足は意外と速い~間に合わなかった~
この地の100ドルは大金だ~理由は何であれ~おいらよりも彼には100倍の価値がある~たとえ一瞬でも喜びを与えられたはず<あ~あ情けない>これは今だに残念に思っている~
自問自答している間に
象はズシンズシンと力強く石坂を登りきり~アンベール城の入口にたどり着いた~そこには「世界一美しい」と云われる城門があった~小高い丘の上から広々とした景色を見渡すといい気分に~




正面全体を精巧な透かし窓やフレスコ画(ミケランジェロとかの壁画や天井画)で描かれた図柄は芸術性に溢れている~中庭・寺院・庭園・広場と案内された~壁画や天井までを宝石と装飾で飾られた当時なら目もくらむほどの豪華絢爛だったに違いない<現在は修復されている>
おいらが行った時は修復前だった~入口から城内も傷だらけで壁画や天井は薄汚れて原形が読み取れないほどに~それもそのはず1857年~イギリス軍がインドを武力制圧した時に銃で発砲した弾痕があっちこっちに残っていた~
それだけではなかった入口から<玄関の上・壁>いたるところが掘り削られて穴ボコだらけだ~そこには宝石が埋め込まれていたという~それをイギリス軍が掘り出して持ち帰ったそうだ~インドはダイヤモンドの産出国であり・宝石大国だ~マハラジャの栄華は崩壊された<修復はされてはいるが~宝石はない>




この時代にイギリス軍が植民地にした国は中南米・カリブ海域・アジア・アフリカ・オセアニアの各国と数えきれない~軍艦を持ち先端の武器を持てば支配できる~これは今も昔も同じようだ~綺麗に修復された現在のアンベール城は過去の歴史を消してしまった~
アンベール城と日本の城との違いを感じた~ここは闘いとは無縁で優雅さを重んじている~毎月の特定日に各地から行商人が食品やモノを持ち寄り市場になって賑わったり・広場に庶民を招き入れてお祭りをやっていたという~良き時代だったようだ・お国柄を感じた・
今日はフリータイム
ご自由に過ごしてくださいと言われ~二人でタクシーに乗って街に出てみた・街は人や車の往来が多く人口が多いんだな~と感じながら空を見上げると日本のような青空ではなく少しかすんでる・そして暑い~と思ってると道路に大きな温度計があった~見ると43度を指している・暑いはずだ~
名物の自転車こぎ三輪車に乗って街中を走ってみようと・乗ってみた・扉ががないので風が吹き抜ける~外に手を出すとドライヤーの温風のようだった~




そんな中でも人や車でごちゃごちゃとした賑わいがある~店舗を見渡すと何処にもクーラーがない~クーラーを置けば流行るだろうな~とは思ったがクーラーを置けるほど裕福ではない時代だった~
なにか現地のモノを食べようとレストランで皆が食べてるナン(小麦粉の生地をタンドール焼き釜で焼いたもの)を注文した~カレーに浸けて食べたが当然ながら普通の味だった・街中をひと通り廻った~
ホテルに戻るとロビーで30代後半の男性が占いをやっていた~そう云えばインドは占いの元祖の様な国だ~南インド・タミル地方の寺院に『アガスティアの葉』が保管されていて・全ての来訪者の<過去・現在・未来の運命が書かれているという>これを求め世界中から人がやってくる<本当かな~?>




何となく興味が湧き二人して診てもらった~おいらにはこれといった言葉はなかったが・彼女は~あなたはご主人を信じてゆけば何もかもが良くなりますと言われてたようだ<自己本位に見えたかな>
その後一人で外の景色でも見ようと出てみた~郊外のホテルなので~何もなかった~傍には広々とした荒れ野原・50cm~1.2メートルの雑草が生い茂っている・中に足を踏み入れると~男女6~7人の子供達がキャーキャーと騒ぎながら・かくれんぼを楽しんでいる。
一番年上に見えた12才位の男の子が傍に来た時に声をかけた~ポケットに20ドルとコイン数枚があったので・みんなと・分けて~と渡した~
ところがすぐに戻って来た~あれ~なんだろうと~彼が言うには平等に分けられない数字になるのでどうすればという~なるほどインド式計算法は早くて正確なようだ(日本は9X9までだがインドは19X19まで計算できる)おまけに・おじさんの名前はと聞かれた~
なんて真面目なんだろうと感心しながら~じゃ~お母さんに相談して・と言って別れ~帰ろうと歩いてると・雑草の中から声が聞こえた・見ると土壌を掘った木材作りの小屋から叔母さんが手招きで中に入りませんかと言ってる~どうしょうと思ったが~
あ~ここは外国だ~もしもこの場で行方不明になれば発見は難しいかも~という考えが浮かび~時間がないのでと~お断りしてホテルに戻った~




翌日はガンジス川の見学だった~数人が沐浴をしていたが~どう見ても<汚れている川でしかない>大丈夫かな~と思いつつ眺めたが・現時点でも工場排水もありで未整備のまま~水質汚染は深刻だとか~
ガイドさん曰く『ヒンズー教は』牛を神聖な動物として崇拝するとか・インドにはもう一つ『イスラム教徒』がいて・彼らはやや過激派だと・言っていた~




インド旅行も終わりに~
この旅でガイドさんはお金にならなかっただろう~何軒か土産店に寄ったが・みやげ物は~想い出に何か一つを見つけて買うくらい~帰り際に残った小銭を年輩のドライバーに渡してバイバイした~
香港の時と同じく~写真は一枚もない<カメラを持たない主義のようだ>その瞬間を味わう~
88)彼女の両親が来ていた
旅から一週間経った土曜日だった~帰ると玄関に二足の靴が並んでいる・誰だろうと部屋に入ると彼女の両親が来ていたので驚いた~成人式の写真を送った時に写真屋の詳細を見て住所を教えてもらい・やって来たとか~大変だったんだ~
両親は彼女と話し合ったようだ~今の生活を続けたいとの意思に~形だけでも式を挙げてほしいとの事~<電話帳を調べるといつでも式ができる教会>があった~翌日に教会へ行き~レンタル一式を借り~神父の言葉に誓いを述べ~無事済ませた~




一週間後に車で善通寺市に出向くと彼女の実家は農家で親戚の土地を借りて米作りをしていた~家に入ると室内はガランとしている・本が一冊も見当たらない・農業なら必要ないんだろうな~と思いながら、結納金をお渡しして無事帰宅した《勘当は・彼女の自説だった》




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