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目次

81)物思いにふける

高級椅子に座って

ふとこんなことが脳裏に浮かんだ《本音と建て前》という言葉がある~おいらは40才まで水商売が主な基盤だった~お客さんと交わす言葉に建前は必要なく<いつも本音好きなものは好き嫌いなものは嫌い>で会話ができた<お客さんあっての店でありお客さんもでは本音話をしてくれる~

ところが昼間の職業ではそうは行かない~会社が大きいほど建前が必要になるようだ<会社あっての自分である>課長もいれば部長もいる~その上に社長がいる~同僚やライバルとの<出世競争>もある~建前の使い分けが必要になる~

ここに水商売と会社勤めの違いを感じた~水商売あがりアホと云うが~このアホが馬鹿正直で良いのだ~おいらは本音会話を交わすアホの方が好きだ~

新聞記事を読んで

又かよ~どこそこのOO先生がロリコン犯罪(幼少女への恋愛感情)で逮捕されてる、このロリコン趣味高学歴やお堅い公務従事した人が多いのだ~そこには一つの背景がある・彼らの幼少年時代勉強づくしで家庭内で育つ~友達遊ぶ時間や女の子との接触が少ない~

そういう人達がそれなりのお堅い職業就き適当お金と時間を持て余すようになると・ない物ねだり妄想湧いてくる~行動を起こせば事件になると知りつつ・我を忘れてやってしまう~これがいつものようにニュースになる

逆に悪ガキとかは~この手の犯罪は少ない<親の教育環境やる事なすこと異なるペットショップの犬に例えれば・飼われた子犬見る・聞く・育つ・学ぶ世界一変する~

小・中・高先生も似たり寄ったりのところがある<日々生徒達と向き合うと同化してしまう>恋愛感情が生じるのは同化現象による~しかしそんな環境下でも抑制できてるの方が大勢だ~そういう人は褒めてもイイ~当たり前のことなんだが~この当たり前のことができない瞬間がある~人間だから~

ある医院に行った時~

60代の院長が青少年問題について学会に出席することになったとか~院長の話を聞いてると・院長は青少年心理や行動を理解できていないようだ~毎日患者さんの対応に明け暮れていれば・それは当然かもしれない・夜遊びで街角をウロつくような少年・少女との接触あるはずもない~

少しばかり口を挟んでみた<青少年遊び心実態説明すると>あなたみたいな出席するべきだと答えが返ってきた~このような先生達論文を作成し公表している<新聞や雑誌の寄せ集めの記事になる>当たり前の事しか書いていない~聞いてみなきゃわかんね~もんだ~

地球上で一番恐いモノはなんだろうと考えてみた~答え人間になる~獰猛(どうもう)な肉食動物でも範囲内を越えなければ襲ってはこない~しかし人間はとんでもない思い込み瞬間行動を起こしたりもする~多種道具まで使用する・最も欲深く・怖~い生物だ~

憎しみ恨み事を忘れることなく・戦いを永遠に続けている~それでも この世で一番素晴らしいものと・問われれば~これ又人間になる~なんともややこしい人間万歳いうしかない~

新聞・雑誌の広告欄に いつも精力剤が載っている~男ども精力増進を求め~地球上ありとあらゆる”モノを探し出しては精力増強に結び付けたりもする~古今東西これがビジネスになる~

ならば~地球上で一番精力の強い動物は何だろう~<やはり人間になる>ほとんどの動物陽が昇り陽が暮れる迄が活動範囲だが~人間は昼も夜も場所関係無いのだ~いつでも・どこでも見境もなく発情行動起こすてえへんだ~てえへんだ~

スナックにバイトの女子大生

たまにのぞくスナックにバイトの女学生二人入店していた~会話も出来ずに黙って立ってるので話しかけることに~学校で教えてもらえないことを教えてあげよう・と声をかけた~

いいかい~世の中には好き・嫌い・どちらでもという三人の人がいるんだ~好きな人はほっといても相性が合う・嫌いと思った人は無理に近づかなくても良いんだ~どちらでもという人に声をかけ~友達になれば三人の中で二人が味方になる~これで世渡りになるんだ~

おいらも~嫌いなタイプと友達になった~最初はどうしようかと考えた末に友達として付き合ってみようと・決めた細かいことは考えないことにしよう~

彼と会話を交わすと~モノ事見解相違感じる~だけどこれが学びになった~付き合いは35年を経過し~色々と勉強をさせて貰った~2021年デルタ株感染亡くなってしまった~

残念でならない涙が出た~いつの間にか一番頼りになる友人になっていたのだ~相性は悪くても付き合ってみないと・人は解らない~

82)人間ウオッチング

それにしても 最初に勤めたフナイ電機を退社してからは良くも悪くも転々と職場を変えてきたものだ~フナイを辞める理由に社長の顔を見ることがなかった~せめて新年には社員一同を前に将来の目標・展望を聞かせて欲しいと思った~

身を預けてる訳だしこの人の目標達成に頑張るぞ~・が・励みになっただろう・おいらは忠実な性格なのだ(今ではフナイ電機も少しは認知度のある会社になっていた・これは嬉しい)しかし2024年に倒産ニュース流れてきた~😔

水商売に入ってからは博多・大阪・東京・札幌と多くの店で体験させてもらい・沢山の人間ウオッチング楽しめた~たとえば女性の方から男性に声をかけて誘う場合もある~<所変われば品変わるで> 札幌の女性は積極的だった~気に入った男性がいれば~普通に声をかけて誘っている~

札幌

札幌女性数字に例えれば60度・博多と東京は40度・大阪の女性は予想外控えめなのだ~自分から声かけをする女性は少なく30度~と・こんな数値に~なるようだ~

最初に洋酒喫茶で働いた時になぜだろうと思った~若い女性客が多いのだ~若い男子は仕事を憶えよう・一人前になろうと・励んでいる時に女子は夜遊びを楽しんでる~というか・何か探し求めている・

つまり女性結婚をすると~遊べなくなる・独身時代に遊んでおこう~もあるが結婚相手を見つけることは~女性の重大事項になる~これも背景あるよう~な~

女性は 17・19・21・29~49才と奇数年齢活発行動をとる~19才は20才になればおばさんになるからといって遊ぶ~29才はこの期を逃し30歳になれば結婚相手ハードル下がるとかで~より活動盛んになる~

店も時代で変わる~

昔の様に安く飲んで遊べる洋酒喫茶はない~バーテンダーが20~30人いて飲み代手頃で料理もある~生バンド演奏目前ガンガン音を鳴らし踊れるこりゃ楽しい~でも人件費の関係でもうできっこない~あの頃は男子従業員給料が安かった~サパークラブも同様に~

バンドミュージシャンが育たない練習をすれど演奏をする・場所がないギャラを払ってくれるところがないのだ~やる人達が増えれば 良い曲も生まれる~あの時代懐かしい

今はラップの延長でメロディがない~ダンスに移行~おまけにAI生成の音楽・動画と変わってきた~

飲みに行けば

お客さんホステス恋愛当然の如く生まれるモテるお客さんもいれば~そうでないお客さんもいるが~見ればわかるパリッ高級スーツを着こなせばモテるとは限らない~

シャツ一枚恰好でも洗濯したて髪・指先・靴の手入れが行き届ている~表情に微笑みがある~このタイプは親しまれて好感度高い~モテない人の特徴は~言葉づかいが乱雑一方的ある~

これ言葉使いの荒いとは異なる~荒いの積極性があり頼りになるとの解釈もある~良くしゃべり・ハシャグタイプは三枚目の役者になる~それではモテない人はまるでモテないかと云えばそうではない~どの世界にも似た者同士はいる・世の中上手く出来てる~

最悪相手にされないタイプ~落ち着きがなく焦点が定まらず<何を考えてるのか解らないにいるモテる人落ち着き健やか気配りを感じる人~そばに居て安心できる育ちイイんだろうな~

当然・女性スタッフも人気のある人そうでない人がいる~人気のある人は 表情が活き活き としている・動き(身のこなし)が良い・にこやか気配りができる~当たり前のことなんだが~

恋愛最低な男とは男女関係を暴露する男~芸人にもいた~元親方と離婚した女性との関係を世にバラシ~事の中身まで喋ってアメリカへ逃げた二人息子黙ってはいられない男女間公言するは女性へ侮辱なる~口の堅い人女性の好みだ~

もし奥さん彼女夜のバイトをやるならば<浮気は覚悟しなければいけない>勤めにでると男性見る目が自然と変わってくる~好みでカッコいいお客さんが自分目当てに足を運び・お金を使い・歯の浮いた言葉で誘ってくるいつしか負けてしまう当然の如しで~ある代償重い~

方法は勤める前に教訓インプットすれば70%守れる<お店にいる時はお友達~外に出れば知人>

入店時心得ハメを外す確率は減る~この白黒をはっきりと出来る人は<人気の人になる何事最初肝心~初心忘れるべからず~

全国転々渡り歩き~色々と学び教わった~人それぞれの人生に~正解もなければ不正解もなく・あれも良し~これも良し~なすがまま・なされるがままこれも良し~

83)人の縁は解らない

ずっと思っていた<大人になりたくない>頭から離れなかった~子供の頃のトラウマから抜け出せないのだ~もうすぐ50歳になるというのに~

あれこれ経験はしたつもりだが<侘しさも感じていた自問自答をすれば<子供がいない>これもトラウマの影響だと思っていた<子供がいなかったので自由やれたのだが

知り合った女性

この日もいつもの様に飲みに出かけた~宗右衛門町通りの角を曲がるといつも呼び込みをしている・呼び込みをする店多少ランク落ちる雰囲気やサービスに課題があり常連客定着しないのだ~この店もテーブルについても・なにかしら温かみを感じない・そんな店だった

それでも午前3~4時迄の営業なので帰りにもう一杯という時に寄っていた~この夜は初対面の女の子が正面に座った~なにかぎこちなくオドオドとして会話が苦手のようだし・表情も冴えない~

聞いてみると・入店して二月が過ぎて寮住まいだとか~その寮はおいらの住まいから10分圏内にある~数日後もその子が席に着き~なんとなく明日寮に行く言った~翌日の昼にマンションに行くと6畳の部屋生活用品も何もない・ガランとしている・これほど何もないのも珍しい~計画性ないようだ~

彼女曰く20才勘当されて縁を切ったとか~善通寺市には戻らないという~話を聞いてると・何か食べに行こうかな~との思いは消滅したので・帰ることにした~

部屋に戻りなんとなく考えてみた~あの店あの子なら27歳まで店にとどまるかもしれない(感はよく当てる)歳は29も離れているが~どうもほっとけない気がしてきた~2日後に彼女の部屋に行った~

このままここで暮らすよりは~マシかも知れないので<ウチにおいでと誘うと>彼女頷いた~翌日に迎えに行き~手荷物を持って部屋後にした~

ひょんなことから二人の生活は始まった人の縁は解らない一緒に住みだすと彼女表情に活気と笑顔が出てイキイキしてきた~

まだ世間を知らないようなので近所スーパー勤めを勧めた~スーパーなら食品の良否・仕入れと販売・物価の単価・どのようなお客さん何を買って~今日はどんな料理をするのか・人間ウオッチングができて・何かと勉強になるはずだ~

元気よく勤めに行き出した

年が明け~私、成人式なの~というので・それではと近くの写真屋さんに行って記念写真を撮ってもらった~その時に・たとえどんな事情があろうと親子の縁は切れることはないので写真でも送って元気でいることを知らせてあげれば・と~彼女も落ち着いた頃だったので手紙出したようだ~

一緒に住みだして3ヶ月が過ぎ~中古マンションでも買おうと~玉出駅近くに3LDKを(リビング24畳の1LDK)に改装した物件があったので引っ越した~住居が変わると新生活始まり感じた~

そうなると毎月生活費をどのように渡そうか<月末手渡しするのは気乗りがしない>それでは預金通帳を作って入金をしよう

通帳を持ったことがなかったようだ~今後は何かと必要になるはずだし毎月20万円入金しよう・公共料金は引き落としだし・外食も多いので生活費もかからない・へそくりできるだろう~

84)西日本一周旅行

彼女旅行経験もないようだ~あっちこっちへと連れ出し見聞を広めてやろうと10日間山陰~九州~山陽道~四国~へと計画を立てた~旅費はヤマカン試算で合計62万ほどになりそうだ~

時間自由なので早速でかけることした~まずは新聞広告に載っていた山陰竹野でフグを食べ・米子の皆生温泉食塩泉が珍しいのでここ一泊~山陰道を右や左に寄り道しながら~山口県~関門トンネルを通過~日曜日の昼に小倉競馬場着いた~

これはおいらの予定に入っていた~資金は3万円で彼女には6千円競馬新聞を渡し~馬の名前でも好きな数字でも・何でもいいから1レース千円で買ってみて~

7Rからスタート~買い方は三連複5頭BOX軸馬一頭5点流し~7レースはハズレ・8R・9Rは的中したので賭け金を増額していった~12R終えて<プラス64万円になった>こんなこともあるんだ~信じられない~これで旅行費用丸々浮いてしまった旅先では賭け運があるとは聞いた事ある~

上機嫌九州一周車を走らせた~別府温泉・鬼の洗濯板・桜島・阿蘇山・ 雲仙・長崎港・伊万里・博多~

ひと回りして土曜日小倉競馬場に~この日12万円をゲット~山陽道は尾道でラーメンを食べ➡瀬戸大橋➡愛媛➡高知へ

ジョン万次郎1827年1月1日生まれ

この人ほど<行きあたりばったりで破天荒な運命>をたどった人はを見ない~9歳で父親を亡くし~母親に育てられたいたずらっ子は~14歳の時に友達と遊び疲れて・いつものように船内に潜り込んで寝てる間に~その日出港日船は出てしまった~

船長は船を戻すわけにもいかず~そのまま漁に出たのはいいが<大シケになり遭難>無人島「鳥島」漂着~143日後にアメリカの捕鯨船に助けられた~仲間はハワイで降りたが万次郎は船長に気に入られてアメリカ行きを決意する

渡米後船長は実の子同様にスクールに通わせ~数学・測量・航海術・造船技術を学ばせた~卒業後は捕鯨船に乗船し数年の航海で世界各地渡り知る~

その頃のアメリカはゴールドラッシュ沸いていた<万次郎は日本へ帰る資金を稼ぐ為に>サンフランシスコ鉱山へ行き~金の採掘をやり600ドル稼いだ~

ここ薩摩藩万次郎造船技術や知識学び受け入れた<越通船を建造する>その後に長崎へ移され~やっと(1853年)に土佐戻れたという~

土佐藩は公式記録「漂客談奇」に書き残し~後に「漂巽紀略全4冊」が出来上がる・これは坂本龍馬や多くの幕末志士達に読まれた~さぞや心を搔き立てただろう

土佐藩の藩校「教授館」教授任命~岩崎弥太郎(三菱財閥の創業者)にも教えている・やがて万次郎は幕府直参の旗本として招聘され江戸<名を中濱万次郎として希少な通訳となり>ペリー初来航の際に任務を果たす~勝海舟の咸臨丸では事実上の船長として活躍した~

何とも破天荒な人生だ~今は銅像となって足摺岬に立ち・海を眺めている~万次郎の功績は日本よりもアメリカでの評価が高い『海外からの米国訪問者展』29人の中に万次郎選ばれている~

1870年にはフランス視察団員としてヨーロッパへ~この帰りにアメリカに寄港恩人ホイットフィールド船長と約20年ぶりの再会を果たす~帰国後に小笠原の開拓調査・捕鯨活動・上海渡航・明治政府の開成学校(現東京大学)教授・アメリカ・ヨーロッパへと任務遂行したという<ご立派>

《お母さんに大変に辛い思いをさせたが~とんでもない喜びもプレゼントできた~》

と言う訳万次郎資料館見学無事帰宅~10日間の旅費は64万円だった~ヤマカンは当り~そして彼女に言ってみた~次は東日本を一ヶ月くらい・旅してみようか~

旅を振り返り~

なんとなく気になっった~柳川市の歴史資料館を見学の際~二人で歩いてたはずなのに・アレ~いなくなってる~探して又一緒に歩き出したが又いなくなってるこの時に一瞬 頭をよぎったこの人はいつしか去って行く人なのかも~まあ~それはその時・考えないことにしよう~

何処に行ったんだろう

柳川の川下り

85)長崎港のブリトロは天下一品

それにしても長崎ブリトロ美味しかった~夕暮れの頃に長崎漁港を二人で散策してると・小さな小屋みたいなのがあった~横壁小窓半開き射している~なんだろうと覗くと寿司ネタケース

中には大きなブリ腹部ブロック横並び3本も白布で包んである~なんだこりゃ~全部ブリトロじゃん~それも立派ブリだ~こんな小さな店これだけをさばけるのかな~と疑問感じた~

全部売れるの~

元々ハマチ~ブリは余り食べない~養殖ばやりの初期時に餌の質を落とす業者が多く美味しくなかった~でもこのブリトロサイズには興味が湧いた<天然ものだ>日が暮れて二人食べに行った~

ドアー開けると既に5人のお客さんが入店している~皆さんやはりブリトロを注文している~同じくブリトロを注文して口に入れてみた驚いた~今までモノとは別格だ~

美味すぎる本まぐろの大トロと比べても<勝るとも劣らない>

店主はこの自信を持ってブリトロメインにしたんだ~さぞや目利きも肥えて漁港では一番良いモノを仕入れてるんだろうな~旬である冬場だったこともあり旨すぎた

多分これ以上美味しいブリトロに出会うことはないだろうと思いつつ、口直しで他のネタも合わせて食べることにした・それからは寿司屋入るとなんとなく・気になり・ブリトロのネタを見るが~やはりあれほどの”モノはない。

マグロ大トロ飽きるほどに食べたことがある<20才の時だった>曾根崎お初天神通りに客席40席ほどの寿司屋に友達二人と入った~

白布包まれた大トロのブロックをネタケースから取り出しカットしだした・一番高い¥1200大トロ一番安い¥120皿盛って出してくれた・食べ終えるとすぐにまた握っては出す~握っては出す・9皿で満腹になったので・もうこれ以上~食べれそうにないです~

どこ気に入っても貰えたんだろう~と話しながら帰ったが、それからは大トロ何年も食べれなくなった~脂身の味想いだしてしまう

江戸時代は~傷みやい大トロは~廃棄されていた)

おいらは外食癖が身についているので~彼女をあっちこっちへと連れて行った~美味しいモノを食べれば~憶えてくれる~との思いもあった~

こんな会話を耳にしたことがある~スナックで飲んでると隣の声が聞こえ<うちの女房は料理が下手で食べる気がしない>というのだ~よくそんなことを言えたもんだと呆れた~当人は会社勤めの付き合いとかで・味を知ったのだろうが・

この人は奥さんを閉じ込めて一緒に出かけない人なんだろう~二人で美味しいモノを食べに行けば~奥さんは料理の味を知る<食べてこそ覚える

彼女もそうだった~車で阿倍野を走っていると《ステーキ・フルコース》の看板が目に付いたので二人で行ってみた<前菜・スープ・メイン・ドリンク・デザートのコース>をご馳走になり帰宅したのだが~

それから一週間後の夕食にステーキコース食卓に出てきた・それもその時に食べた~そっくりそのままコースだった・これには驚いた感激だ~

86)なんとなく香港へ

どこか海外旅行に連れて行ってあげようと思い・個人で旅行会社をやってる中川さんのところへ遊びに行くと・香港マカオ旅行の予定があるとか・じゃ~一緒に行こうか~

香港国際空港に着き~バスで街中を走ると~建物ごちゃごちゃ乱雑に立ち並んでいる~

初期時代我も我も集合し~増設の度重なりで市街地になったような雰囲気だ~アメリカの開拓ように計画を伴った街造りとは・まるでケースだ~

香港全住民一斉外へ出たなら<人が溢れて海に流出する~>と云う冗談もあるほどに密集している・だがレストランの食べ物は違っていたイギリス領経済国だったので中国日本からの良品香港に流れていた~新鮮な食材が豊富に揃い高級食材も安く食べられた~

マカオは単なるギャンブルでしかなかった~賭け事をやらなきゃこれといってみるべきものもなく~香港から流れ来る人達を相手に稼いでいるようだ~

87)予想もしなかった:インド旅行

香港から戻り~なんとなく聞いてみた~何処か行ってみたい外国は~と尋ねるとインドだという~

そうか~じゃ~インドに行こうか~それまでにインドという発想はまったくなかった~仏教と映画作りが盛んな国とは知ってはいたが・いい機会だ~この際に行って見よう~

空港に着きゲートを出ると30代男性ツアーガイド名前を書いたボードを持っていた~挨拶を交わし同行すると車は5人乗りベンツだった(日本では高級車だがインドではどれも同じになる)

ドライバー&ガイドと4人で旅をするようだ~タージマハールのアグラ・ジャイプールのピンクシティーアンベール城ガンジス河巡るとか~

ホテル到着~翌朝に迎えがきたので乗車し未舗装道路を走り出すと~気温が高いせいか樹木緑色が少ない<周りの景色全体が土色に見える>どの目的地へも数時間かかるようだ~

途中で小さな町に立ち寄り・店舗に案内されたツアーガイド必ずお土産に立ち寄るのだが~どの店も通常よりも少し高めになる<ガイド支払うバックマージン含まれる

それでも何か一つは買ってあげなきゃ~車内はクーラーは効いているが・外はなにしろ暑いので現地の人が着ているクルタシャツを買って着替えた~町中はどこも人だらけ賑わっている~

皇帝シャージャハーン妻への愛情の深さを表現した建造物なんです~とガイド説明してくれた財産の大半を費やしたとか・凄い愛着心だ~

ピンクシティを通り~マハラジャの宮殿城塞<アンベール城>に・高所の城は歩いて登るには厳しいので観光客神様と慕われる象の背中乗って頂上まで行くようだ~

象の背中には4人~6人が座れる平面板枠が作ってあった~欧米からの観光客も多く20頭以上の象が待機している~皆さんそれぞれに背中に乗って列をなして~ゆっくりと石坂を登って行くことに~

象が歩き出すと~後ろからゼェゼェとせきを切ったような枯れた声聞こえた

なんだろうと象の背中から下を見るとなんと~右足の膝下左足首が切断されてない~片腕も肘下がない>身長は120cmほどで40代と思われる男性土汚れ半身裸で地面を這いつくばりながら懸命追って~ついてきている~

カスレ声絞り出すように何か叫んでる~多分マネーと言ってるのだろう~こんな悲惨な姿をした人を見たことがない必死に生きているんだ~>何とも表現しがたい・気持ちになった~

どうしようどうすればイイ~周囲を見渡すと見て見ないふりをしている~皆に惑わされたのか100ドル札をコインに包んで投げれば~と思った時は遅かった~ゾウの足は意外と速い~間に合わなかった~

この地の100ドルは大金だ~理由は何であれ~おいらよりも彼には100倍の価値がある~たとえ一瞬でも喜びを与えられたはず<あ~あ情けない>これは今だに残念に思う自分を恥じてる~

自問自答している間に

象はズシンズシン力強く石坂登りきり~アンベール城の入口にたどり着いた~そこには「世界一美しい」と云われる城門があった~小高い丘の上から広々とした景色を見渡すといい気分に

正面全体精巧な透かし窓やフレスコ画(ミケランジェロとかの壁画や天井画)で描かれた図柄芸術性に溢れている~中庭・寺院・庭園・広場と案内された~壁画や天井までを宝石と装飾で飾られた当時なら目もくらむほどの豪華絢爛だったに違いない<現在は修復されている

おいらが行った時は修復前だった~入口から城内も傷だらけで壁画や天井は薄汚れて原形が読み取れないほどに~それもそのはず1857年~イギリス軍がインドを武力制圧した時に発砲した弾痕があっちこっちに残っていた~

それだけではなかった入口から<玄関の上・壁>いたるところが掘り削られ穴ボコだらけだ~そこには宝石が埋め込まれていたという~それをイギリス軍が掘り出して持ち帰ったそうだ~インドはダイヤモンドの産出国であり・宝石大国だ~マハラジャの栄華崩壊された修復はされてはいるが~宝石はない>

この時代にイギリス軍が植民地にしたは中南米・カリブ海域・アジア・アフリカ・オセアニアの各国と数えきれない~軍艦を持ち先端武器を持てば支配できる~これは今も昔も同じようだ~綺麗修復された現在のアンベール城過去歴史消してしまった~

アンベール城日本の城との違いを感じた~ここは闘いとは無縁優雅さを重んじている~毎月の特定日に各地から行商人食品やモノを持ち寄り市場になって賑わったり・広場に庶民を招き入れてお祭りをやっていたという~良き時代だったようだ・お国柄を感じた

今日はフリータイム

ご自由に過ごしてくださいと言われ~二人でタクシーに乗って街に出てみた街は人や車の往来が多く人口が多いんだな~と感じながら空を見上げると日本のような青空ではなく少しかすんでる・そして暑い~と思ってると道路に大きな温度計があった~見ると43度を指している・暑いはずだ~

名物の自転車こぎ三輪車に乗って街中を走ってみようと・乗ってみたががないのでが吹き抜ける~外に手を出すとドライヤー温風ようだった~

そんな中でも人や車でごちゃごちゃとした賑わいがある~店舗を見渡す何処にもクーラーない~クーラーを置けば流行るだろうな~とは思ったがクーラーを置けるほど裕福ではない時代だった~

なにか現地のモノを食べようとレストランで皆が食べてるナン(小麦粉の生地をタンドール焼き釜で焼いたもの)を注文した~カレーに浸けて食べたが当然ながら普通の味だった・街中をひと通り廻った~

ホテルに戻るとロビーで30代後半の男性が占いをやっていた~そう云えばインドは占いの元祖の様な国だ~南インド・タミル地方の寺院にアガスティアの葉保管されていて・全ての来訪者の<過去・現在・未来の運命が書かれているという>これを求め世界中から人がやってくる<本当かな~?>

何となく興味が湧き二人して診てもらった~おいらにはこれといった言葉はなかったが・彼女は~あなたはご主人を信じてゆけば何もかもが良くなりますと言われてたようだ<自己本位に見えたかな>

一番年上に見えた12才位の男の子が傍に来た時に声をかけた~ポケットに20ドルとコイン数枚があったので・みんなと・分けて~と渡した~

ところがすぐに戻って来たあれ~なんだろうと~彼が言うには平等に分けられない数字になるのでどうすればという~なるほどインド式計算法は早くて正確なようだ(日本は9X9までだがインドは19X19まで計算できる)おまけに・おじさんの名前はと聞かれた~

なんて真面目なんだろうと感心しながら~じゃ~お母さんに相談して・と言って別れ~帰ろうと歩いてると・雑草の中から声が聞こえた・見ると土壌を掘った木材作り小屋から叔母さん手招きで中に入りませんかと言ってる~どうしょうと思ったが~

あ~ここは外国だ~もしもこの場で行方不明になれば発見は難しいかも~という考えが浮かび~時間がないのでと~お断りしてホテルに戻った~

翌日はガンジス川見学だった~数人が沐浴をしていたが~どう見ても<汚れている川でしかない大丈夫かな~と思いつつ眺めたが・現時点でも工場排水もありで未整備のまま~水質汚染深刻だとか~

ガイドさん曰く『ヒンズー教は』牛を神聖な動物として崇拝するとか・インドにはもう一つイスラム教徒がいて・彼らはやや過激派だと・言っていた~

インド旅行も終わりに~

この旅でガイドさんはお金にならなかっただろう~何軒か土産店に寄ったが・みやげ物は~想い出に何か一つを見つけて買うくらいで~帰り際に残った小銭年輩のドライバーに渡してバイバイした~

香港の時と同じく写真は一枚もない<カメラを持たない主義のようだ>その瞬間を味わう~

88)彼女の両親が来ていた

旅から一週間経った土曜日だった~帰ると玄関に二足の靴が並んでいる・誰だろうと部屋に入ると彼女の両親が来ていたので驚いた~成人式の写真を送った時に写真屋詳細を見て住所を教えてもらい・やって来たとか~大変だったんだ~

両親彼女と話し合ったようだ~今の生活を続けたいとの意思に~形だけでも式を挙げてほしいとの事~<電話帳調べるいつでも式ができる教会>があった~翌日に教会へ行き~レンタル一式借り神父の言葉誓いを述べ~無事済ませた~

一週間後に車で善通寺市に出向くと彼女の実家は農家で親戚の土地を借りて米作りをしていた~家に入ると室内はガランとしている・本が一冊も見当たらない・農業なら必要ないんだろうな~と思いながら、結納金をお渡しして無事帰宅した《勘当は・彼女の自説だった》

89)ダイビングスクール

二人の共通の遊びを見つけよう

おいら好きな遊びは~海中に潜りヤスでを捕らえることだった~理由海中景色にもある~地上とは異なる色彩風景未知の世界のように魅了される~なので熱帯魚も飼っていた~ならば彼女にも海の世界を見せて上げよう~

初心者ならダイビングスクールがいいかも~一緒に行こうと誘った・ 雑誌広告に和歌山由良町1泊2日:レンタル器材も揃っている~由良なら釣りの時に良く通るので慣れている~海水透明度イマイチだがこれはしょうがない申し込んだ~

当日5時過ぎ起床でバタバタと準備をし車を走らせた~8時半集合前に到着すると20人以上が来ている~意外と多いんだな~一日目は海中での知識や用具の使い方の講義 ・翌日は実技体験・ウエットスーツに着替えて重いボンベを担ぎ~班別に分かれてインストラクター誘導海中に潜る~

海中ウエットスーツ着用すると水の冷たさを感じない・ボンベでプカプカと浮く感じになる~だが2mほど潜ると水圧がかかりだし~水深3m~以下では上から押さえられるように水圧を感じる~

ボンベ酸素は30分ほどしか持たない~切れる前に陸に上がり交換をし又潜る~ここの水深は7m位だった・海底水草小魚が群れている・ア~砂地に小さいタコがいた~いつもの光景だ~

午前潜りを終えると少し気分が悪くなったあれ~これは船酔いだ~ボンベが揺れ動く船酔いするのか~こりゃ~知らなかった

ボンベ重み取り替え不便さと船酔いがあるなら~やはりおいらは水中眼鏡シュノーケル素潜りの方が楽でイイやと感じた~ただウエットスーツイイ<これを着用すると疲れない

夕暮れ終了したが思ったよりも強行スケジュールだった~この時の彼女は海の景色を見る余裕はなかったかも~だが二人して国際ライセンス取得できた~

湯浅の海に高島という無人島がある<かるも丸>船頭さんに予約をし・何度か島に渡った・ここは誰もいない遊び場で解放感がある~いとこ子供達10人行ったことがある~

無人島開放感はさすがに子供たちも大喜びだった~いとこは早々疲れてバーベキューの準備をしてるのだが・おいらはウエットスーツ着用疲れない子供達と遊んでやれた~いとこはタフだな~と言ってたが<これはウエットスーツ>のせいなんだと伝えた~

この島アワビサザエを採って持ち帰ることが出来る~だが4~6月頃に誰かが先採りに行くようで7~8月頃にはもう採れない~又、和歌山の海中透明度日ノ岬から綺麗になる~白浜の海水浴場は魚釣り禁止なのでが多い~少し沖に出ると足元魚と接触するときがある~

海は楽しい~ 海水浴場よりも磯場の方が好きで良く行った~人も来ないので解放感素潜りを楽しめる~帰りはニナ貝とかを採ってビールのつまみにすると二度楽しめる・やはり原始的遊びは楽しい~

原始的いえば近年にアマゾン部族の子供たちもスマホを持ち学校に行きだしたとか~だがそこにはイジメがあったり・仕事にも馴染めず~自殺をする若者が出て来たという・文明発展幸せをもたらす訳ではなく~部族の文化は残して上げるべきだと~思った・

90)子供ができた~

この頃にやっと人並み家庭生活を送っているような気がした~そんな時だった子供ができたと云う・自分には縁がないと思っていたが・少しづつお腹が膨らむごとに父親になれるのかと・実感湧いてきた~

子供がお腹にいる時に<これだけは守ろうと思った>妻には日々を機嫌よく過ごして貰う~理由はお腹に子供がいる時に心配事アクシデントがあれば~感性に悪影響があるかも知れない~毎日気分よく過ごせば健やかな性格に~との持論がうまれた~

この先は自分のことよりも子供中心になるんだろうな~私事はひと通りやってきたので・悔いはない~この先はどう育てれば良いのだろうかと~想いを巡らせるようになっていた~三月が過ぎると男の子だという~嬉しかった

色々と考えてみた~子供にはやって良い事と悪いことは早くに教えといた方が良さそうだ~小学5年中学二年にパチンコ店とボートレース場に一緒に行き・見学をさせる~理由は~

パチンコ店台に食らいつく大人たちがどれほど時間を無駄にしているかを観察する~投じたお金は店舗の運営経費・従業員の給料支払いになる~<お客さんの服装その姿見学させる

ボート場同様お客さん観察させる~投じた約30%はピンハネで消える~1レースごとに賭金ピンハネされ一万が7千円・7千円が4900円・4900円が3400円に~そこに群がる大人たちの姿見せる~

ビジネス街人間ウオッチングをする~その他の職種も幅広く・一緒に見学に行く~学校で教えないことを教えるのが親の勤め~この様なことは成人になって~とやかく言っても遅い子供の頃にしっかり方向性を見い出せるように~道しるべ作ってあげる~

高校・大学バイク通学もそうだ~道路はバイク走行に不向きだ必ずや事故を起こすバイクの走行中は信号しか眼中にない~一日50分乗ったとしても年間総時間では凄いロスタイムになる~電車通学なら本は読め~人の観察もでき~考え事もできる~

じゃ~息子に何になってもらいたいと考えると~東京芸大映画監督はどうだろう~子供の頃から一緒に映画観て感想を語り合い~太秦映画村とかに遊びに行く~楽器の一つも覚え趣味シンガーソングライターならば直良し~このような事を想像するようになった~

出産善通寺の産院だった~そして息子は誕生した~不思議な思いがした~随分遠回りしたんだ~やっと子宝意味が理解できた~宝以上”モノ”だと知る・遅まきながら~

P-10へつづく

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