【日本建国の歴史】99%が知らない-5年生でも解る

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日本建国の謎《なぜ学校で教えてくれない?》《国歌の君が代が謎を解く

古代~日本建国神社や祭りごと武将や武士はどうしてなったのか・卑弥呼の墓がないのはなぜ・源義経はどうしてジンギスカンになれたのか

歴史を調べたことのある人は解り易い《謎が解けてきます》~新しい発見があります。

話はここから始まり➜中東イスラエ紀元前926年北イスラエル10支族と 南イスラエル2支族は分裂しました、南イスラエルはアッシリア(現シリア)と友好同盟にありましたが、豊かな国であった北イスラエルは当時・野蛮で軍国主義なアッシリアとは同盟関係を結ばなかったのです

時は過ぎ約200年後・アッシリアは 闘いの主役となります、それまでの 二人乗り戦車を一人乗りに改造したのです、これが凄いスピードと機動力を発揮しました~ 天下無敵の軍事力を持ったアッシリアは エジプトや他の近隣諸国を制覇し 船の艦隊まで保有するようになったのです

この時代の闘いは原始的で無差別でした 逆らう男どもは虐殺・奴隷・使い捨ての 兵士として、女性達は兵士のなすが儘に扱われ、当然の如く金品財宝は強奪され兵士の戦利報酬にもなるのです

強大軍事帝国となったアッシリアは次なる標的は豊かであった北イスラエル王国だ~と 攻撃の準備を進めていたのであります

時は紀元前727年・アッシリアが攻撃を仕掛けてくることを事前察知した北イスラエル10支族の王達は全民の生命と財産を守るには・国を捨てざるを 得ないとの結論に達したのであります

いざ脱出が決まったとなれば 一刻の猶予もならぬ~即座に全市民に号令を 出すのだ~出発までに長い日数はかからなかった・・ありったけの食料を馬車に乗せ ある者は担いで 各10支族達は思い思いの地へと旅立ちました

その中には絶対に奪われてはならない 重要なモノがあったのですそれは《三種の神器これを手にしたる者は世界を支配することができるのだ~ 【アロンの杖】【マナの金の壷】【十戒の石板】

北イスラエル本隊であった(推定約18万人)は シルクロードを目指したのです・なぜ本隊なのか~それは三種の神器を持つてるからなのです

他の士族達も東へ東へとアフガニスタン パキスタン・ミャンマー・インド 中国へと向かって旅立って行きました

アッシリア軍が北イスラエルに到着した時は もぬけの殻だったのです~残されていたのは動けぬ 病人や離反者達の27290人だけだったのです(記録では数万人を確保して自国へ引き連れて行ったことになってはいますが、この場合は失われた10支族は成り立ちません・いつの時代も勝者が記録を勝手に作り上げます)

行こう~行こう~未来の地へ~神の国を創るのだ それはそれは永い永い旅の始まりになりました、神輿を担ぎ山越え・谷超え・砂漠あり・そのことを歌に残したのが月の砂漠なのです

月の砂漠をはるばると旅のらくだがゆきました、金と銀とのくらおいて二つならんでいきました、金の鞍には銀のかめ 銀の鞍には金のかめ このかめの中に三種の神器が入っていたのです

長旅において一番必要なのは食料です 各地で迷惑をかけることもありましたが、モンゴルに着くと食料が豊富にありました、それではとここでゆっくりと休息をとりました、モンゴル人に騎馬技術や相撲を伝授したりで、ここにも追ってのこともあり、僅かながらの兵士を残してゆきました

東に行けば海があるぞと期待を胸に抱いて朝鮮にたどり着きました・・海の向こうには大きな国があると知ってか船造りを始めたのです、ノアの箱舟を知り建築技術や鉄製の武器をも製作できる技術があります、人海戦術を持ってすれば数隻はあっという間に造船出来たのです

この地も我が王国の地にしよう、朝鮮には鉱山があり鉄が多く採取されるようだ、武器や建築に適してると多くの奴隷達と兵士や職人を定住させることにしたのです(後世に兵士の子孫が領土争いを起こします

さあ~海を渡ろう~ 漕いで 漕いで また漕いで新天地へ向かうのだ 心ワクワク:やっとの思いで念願の地へ 着きましたぞ~そこは出雲だったのです、北イスラエルを旅立ち約一年半の長~い旅でした~

この地を永住の地としましよう ~神の国を創りましょう~ 出雲大社(いづもおおやしろ)が出来上がりました、大社を拠点に 日本文化がスタート します・国土と民を知り統率を図る方法として、班ごとに分派させ各地へと神社建築を使命したのです・これは長期に渡り継続されてゆきます

神社を拠点に民生の安定・育成・発展を促す・神の使者として集落人に道義を教え説き 農業・技術・モノづくりを伝授します(統制を図ってゆきます)

神への信仰は平和と安定をもたらし・人々は発展成長をする・五穀豊穣や祭りごとの年中行事を催します・民は一体化し村や町へと発展していったのです

ここ出雲より数々の神話が生まれましたが、それはイスラエル古来から言い伝えられた伝説が多く含まれてます

その後・王様の拠点は奈良・京都約63年後に神武天皇が即位されました

他の9士族も各国で王位につきました 紀元前221年には 秦の始皇帝が中国を統一し 万里の長城を造りました

弥生時代には武力制圧もありました、広い大阪平野には多くの民衆が結集しており、ままならぬ状況であるがゆえに、朝鮮半島から兵士を呼び寄せ制圧にあたったのです、彼らもこの地へ転住をしたのです

後世に兵士は武将 武士となり権力闘争を起こしますが・天皇だけは別格なのです・それは 本家本元の子孫だからです・どの武将が天下を取ろうとも 天皇崇拝は変わりません・尊厳は継承されてゆきます

又、中国や朝鮮とは交易があったと伝えられていましたが、それは<士族たちの親交>でした、云わば 親戚同士の往来だったのです、漢字の由来や骨とう品もその時の土産物として自然に入ってきたのです

残念ながら日本からのお土産は残っていません後世になると子孫達が権力闘争を起こします(三国志・他)永年に続く闘いの明け暮れで消滅したのです

飛鳥時代には朝鮮国から建築部門の職人を呼び寄せました、彼らは現在も日本建築の宮大工として大阪に継承されています

この時代の建築技術がいかに優れていたか・というよりも、千年以上も続いた古代歴史の中、多種多様に優秀な技術があるのは当然だと考えるべきなのです・海外には目を見張る建造物が多く残されています

祭りの神輿担ぎはシルクロードの旅を後世に伝えることにあります、京都の祇園祭りのタペストリーは中東から来たことを意味します、日本語にはヘブライ語との類似語が多くあります、相撲のハッキョイーはヘブライ語で・倒せやっつけろ・の意味になります、カタカナ用語にはヘブライ語も多く、日本書紀・古事記には旧約聖書の共通点が多く含まれています【国家の君が代はヘブライ語なのです】

立ち上がれシオンの民よ・神に選ばれし残された民よ・人類を救う民よ・神の予言は成就する・全地に語り伝えよ

《このような意味になります

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次は卑弥呼の謎を解いてみましょう・・

弥生時代(240年)突如として現れた 邪馬台国の女王卑弥呼は誰でしょう?

卑弥呼は中国王朝の王女だったのです、この時代は 三国志の渦中にあり・日々戦いの明け暮れでした 決して安全ではなかったのです、そこで卑弥呼は親交ある支族のいる(倭の国)へ行くことになったのです

ここには二つの見解があります、一つは王朝の指示で 行ったのか、もう一つは卑弥呼自身が部族を引き連れて行動したのか・です

やがて九州へ上陸し吉野ケ里を拠点とします そこから支族探しに九州一円を廻れど見つからず・本州へと使者を送り・やがて奈良に転住して行きました・卑弥呼名の墓はありません卑弥呼は俗称なのです (卑弥呼の名は卑しい人になります)国を捨て去った者として扱われたのです・ 唯一、中国の魏志倭人伝にのみ邪馬台国の女王と記されています、これは王朝の配慮があったのでしょう

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次なる謎は・・源義経はジンギスカンになった!

義経は兄頼朝に追われて藤原泰衡の襲撃で自決とされていますが、親交ある藤原泰衡と相談の末に替え玉の 首にしたのです、このことが判明すれば藤原殿に多大な迷惑がかかることから・大陸には支族が存在するとの言い伝えを頼りに家臣を引き連れモンゴルへ渡ったのです

(昔は永年にわたり言い伝えを継承されていましたが、近年はラジオ➜テレビ➜スマホと情報が氾濫すると言い伝えは死語になりました

ここモンゴルでは王の子孫が来たぞと大歓迎を受けるのです、モンゴルはすでに乗馬や相撲を伝授されており・兵士育成に時間はかかりません・戦術を教え騎馬軍隊を結成したのです

その名もジンギスカンと改名し天下に轟く無敵の モンゴル帝国を築き上げたのです

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日本は神の国と言われる由縁はヤハウェの子孫がいる国だからです

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黄金の国ジパングと言われるのは、過去に金が多く採取され 金1:銀2で取引されていましたが 外国では金1: 銀4の比率でした、江戸時代に外国から銀が持ち込まれ大量の金が流出してゆきました

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日本の国土が豊かになったのは、地殻変動により 大陸から分裂し、日本列島が誕生しました やがて海水が流れ、寒かった気候が温暖になり 四季折々自然は美しく 作物も豊富に採れるようになったのです。

と言う訳で日本の歴史をヒモ説いてみれば

《事実は小説よりも奇なりでした》 

ありがとうございました